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起業家育成へ実践教育 東京医科歯科大、都と課目作成
神奈川の4大学、実務者を講師に

大学が産業界や自治体と連携し、起業家を育成する動きが広がってきた。大学での起業家教育は実務経験を持つ教員の不足などが課題になっていた。最近では産業界や自治体から研究シーズ(種)を活用したいとの要望が高まっていることに対応。カリキュラムを共同で作成するなど、連携の動きが深まっている。

東京医科歯科大学は2021年度から東京都と連携して起業家教育を始めた。昼間は医師や歯科医師として働く大学院生や社会人ら約40人が、デジタルマーケティングや財務会計などを対象に、理論に加えビジネスプランニングの実践を学んだ。1コマあたりの授業は90分で、半年かけて81コマをこなした。このカリキュラムは東京都と共同でつくり上げた。

同大は文部科学省からイノベーションに力を入れる指定国立大学法人として認められ、体系的な起業の授業を設計する必要に迫られたが、担い手が少なかった。一方、東京都は20年度より内閣府からスタートアップ・エコシステム(生態系)のグローバル拠点に選ばれており、創薬・医療分野の起業支援に重点を置いていた。今回の取り組みは両者の思惑が合致した形だ。

東京医科歯科大で起業家教育を担う統合教育機構イノベーション人材育成部門長の竹内勝之教授は「データサイエンスの広がりにより、医療や歯学の分野でもデジタルサービスやアプリを用いた起業がしやすくなるなど、学生のキャリアパスが描きやすくなった」と期待する。

自治体のほか、複数の民間企業を巻き込んだ取り組みも広がる。神奈川大学、関東学院大学、横浜国立大学、横浜市立大学は一般社団法人横浜みなとみらい21(横浜市)と共同で、オンラインなどで起業を学べる「YOXO(よくぞ)カレッジ」を立ち上げた。4大学の学生や関係者のほか、横浜市内に職場や住まいを持つ社会人なども受講できる。
11月に実施した「アントレプレナー概論」には大学生や社会人の32人が参加。講師を務めたのはスタートアップのオレンジテクラボ(東京・千代田)の宮崎淳最高経営責任者(CEO)だ。学生が実務経験者から学べる場にするため、地元企業からも講師を募る。

企画や運営に携わる横浜市立大の芦沢美智子准教授は大学生が学内だけで学ぶことへの危機意識を持っており「起業のアイデアは学生がみている世界だけでは出てきにくい。地域で暮らす人たちと一緒に行動することで解決すべき課題がみえてくる」と話す。

芦沢准教授が受け持つゼミでは地域と連携して、起業体験プログラムを実施してきた。実際に起業を支援するような実践教育は机上だけでは難しいと判断したためだ。ただ「学生を外の世界に出すことでトラブルも起こるし、教える側も時間と体力がいる」という。

早稲田大学は東京大学や東京工業大学とともに、東京都や民間企業など82団体と協力して、自校で作り上げてきた起業家育成の授業を他大学などにも広げる取り組みを来年3月までに始める予定だ。このプロジェクトは科学技術振興機構(JST)の委託事業である大学発新産業創出プログラムに採択されており、各大学は今後も起業家教育に力を入れる方針だ。

実務経験を持つ教員の育成機運も高まる。文科省は東北大学を事務局とし、育成した実務家教員と大学の採用窓口をつなぐマッチングサイトを9月に立ち上げた。大学などが求人情報を掲載するとともに、実務家教員に直接アプローチできる仕組みをつくる。

起業家教育を進める名古屋市立大学の鵜飼宏成教授は「カリキュラムは個別かつ具体性が必要で、実装化する段階の指導については実際の勘所やビジネスの失敗経験がある人材が適任だ」と話す。

学生の起業意識58カ国中で最低 土壌づくりが重要に
大学が起業家教育に力を入れる半面、学生の起業意識は低い。スイスのサンガレン大学などが58カ国の約26万7千人の大学生を対象に2月から7月にかけて実施した起業意識の調査リポート「GUESSS2021」によると、日本の学生の起業意識は最下位。法政大学の田路則子教授は「自分でもできるはずという『自己効力感』が高まらないと起業意識も強まらない」と分析する。
自己効力感を高めるためには周囲の環境づくりも重要だ。身近な人が実際に起業をしていると、自分でもできるかもしれないと感じる。横浜市立大の芦沢准教授は「起業は選ばれた人だけがする特別なことではなく、自分の身近なことという意識醸成も必要」と語る。
在学中に起業した早稲田大学博士後期課程2年の松広航さん(27)は「隣で論文を書いていた研究室の先輩に誘われたのがきっかけ」と話す。学生の挑戦意欲を自然と引き出す環境づくりも求められている。