自撮りを始めて20分ほど経過し、元直線が飽きた様子を醸し出し始めたころ、事態はまた不穏な方向に動き始めた。男性が熟睡しているのを確認すると、元直線はキョロキョロと周りを見回すそぶりを見せた。目が合うのを避けるため、私はふっと視線を下げた。車両にいるほとんどの人が眠っているのを確認したのか、元直線はそっと男性の腕を掴んだ。

 私は念のため、イヤホンを外した。掴まれた男性の腕は、ゆっくりと慎重に、元直線の腰から尻付近に誘導されていく。男性が起きる様子はない。元直線はそのまま男性の手を、自分の腰と座席の背もたれ部分で挟むようにモゾモゾと体を動かしている。

 そして電車が駅に停車するタイミングで、元直線は男性の頭を迷惑そうに肩で小突き、さっき自分の腰に回した男性の腕を掴み、男性の肩あたりをバンバンバン!と激しく叩きはじめた。突然叩き起こされて状況を理解できていない男性に対して、元直線は何かを話している。最初の方はよく聞き取れなかったが、男性の腕を引っ張りながら「触りましたよね、降りて駅員さんのところに行きましょうか」と言っているのが聞こえた。

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