ラーメン二郎を食べた後の「異常の幸福感」とは何なのか…その意外な正体
「生きている」という実感

ラーメン二郎に行ったことがない人は、
「ラーメン一杯食べるために長く並ぶのは、なんとなく納得できない」という感覚があるのだろう。それはわかる。
自分も熱心に通うようになる前は、それに近い感覚を抱いていた。
でも食べ続けていると、並ぶことは何の苦痛でもなくなる。
自分のことながら、それはそれで奇妙な感覚である。
なんでそうなったのだろうか。

そもそもラーメン二郎が「うまい」のかどうか、じつは私にはちょっとよくわからない。

もちろん、いまの自分は「めっちゃくちゃうまい」とおもっている。でないと今年だけで160回以上も食べに行かない。
ただ、すべての人に向けて、圧倒的に絶対にうまいぞ、と勧められるかどうかというと、それはちょっとむずかしい。
万人には受け入れられる味ではないとおもう。さほどうまくないと感じる人はおそらくいるだろうし、
その人にとってはこのために並ぶというのは、たぶん意味がわからないだろう。

おもいだしてみると、私だって、ラーメン二郎を食べて「本当においしいと感じてとても幸せな気分」になったのは、
30回くらい食べてからあとだった気がする。

最初のころは(まあ、もっと若かったころでもあるのだが)、おいしいとはおもったが、
それよりも「なんか、おもしろい」という気分のほうが大きかった。
うまいというよりも、珍しくておもしろい食べ物だった。
その基本はいまでも変わっていない。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76969?imp=0