▽定期的な訪問、金銭管理、買い物も

「おはよう。鍵閉めた?」。昨年12月初旬、伊東正裕弁護士が愛知県東部の70代の篠田さん(仮名、男性)宅を訪れた。「今月はこの金額で暮らさんと。スロットはだめよ、絶対」。前月の収支や当月の生活費について丁寧に説明した後、篠田さんと一緒に家賃を支払うため大家の元へ。近所のドラッグストアにも寄って食品やガスボンベを購入した。

篠田さんは、寺のさい銭を盗もうとして逮捕された。寄り添い制度の支援を受けることなどを条件に寺側と和解が成立し、釈放された。認知機能が低下していたため、受給していた生活保護費を計画的に使うことができない。そのため伊東弁護士が定期的に訪問し、金銭の管理状況を確認している。今後は自治体とも連携してヘルパーを付け、見守りをする予定だ。

篠田さんは「細かく面倒をみてもらえてありがたい。支援がなければ、すぐに生活が苦しくなっていたと思う」と話す。

▽盗癖が「病気」と気づくきっかけに

40代の山口さん(仮名、男性)は、本や雑誌の万引を繰り返し、服役した。過去にも万引で服役した経験があり「刑務所の生活に懲りた。同じ過ちをするはずがない」と思っていたが、またやってしまった。

出所後、伊東弁護士の支援で医療機関を受診し、精神障害の「窃盗症」と診断された。「支援を受けて初めて、盗癖が病気と分かった」

現在も通院を続けており、ジェスチャーやキーワードを使って衝動を抑える「条件反射制御法」と呼ばれる治療を受けた。盗みの衝動に駆られることはなくなった。

伊東弁護士の支援は21年12月で終了した。山口さんは「もう二度と同じ過ちをするつもりはないけれど、万が一、何かあった時に『伊東先生がいる』と思うだけで支えになる。病とは死ぬまで向き合う努力をしていきたい」と力強く話した。

60代の村瀬さん(仮名、男性)は県内の自立支援施設を転々としていたが、人間関係のストレスなどで退所。路上生活を始めたものの、すぐに生活費が尽きて漫画喫茶で無銭飲食し、逮捕された。公判中から伊東弁護士が支援し、執行猶予判決が出た当日、新居で新しい生活をスタートした。現在も家計や生活について助言を受けている。村瀬さんは「これからも相談にのってくれる人がそばにいてほしい」と打ち明ける。

▽「懲らしめる」より「手を差し伸べる」

伊東弁護士は寄り添い制度による支援のメリットについて「事件の中身をよく知っている弁護士がその後の生活にも関わることで、罪を犯した人は精神的に安定する上、緊張感を持って立ち直りに向き合える」と話す。

この制度による支援は、就職先のあっせん以外にも出所時の送迎、被害者への謝罪のサポート、行政窓口への同行など多岐にわたる。活動に必要な費用は弁護士会と愛知県が負担。対象者一人につき上限は15万円で、利用者の金銭的な負担はない。

現在、制度を導入したのは愛知以外に札幌と兵庫の3弁護士会にとどまる。愛知県弁護士会で制度導入を提案した田原裕之弁護士は「罪を犯すのは極悪人より、社会のセーフティーネットからこぼれ落ちた人が圧倒的に多い。再犯をさせないためには『懲らしめる』という考え方ではなく、手を差しのべることが必要だ」と強調する。

愛知県の県民安全課渡邉勝徳課長は「これまでボランティア的にやってきた活動を弁護士が行えるようになった」と評価している。信頼度の高い弁護士が支援の担い手になることで、自治体や福祉機関での手続きがスムーズにできるようになったことも成果の一つという。

一方で課題もないわけではない。支援を受けた人への追跡調査はしていないため、再犯防止の面でどれだけの効果があるのかは分からない。また、弁護士は医療や福祉について詳しくない人も多く、ほかの機関との連携がうまくいかないケースもある。愛知県弁護士会は、改善すべき点がないか今後、検討するとしている。