https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211121/k10013354981000.html

“培養肉”で霜降り和牛と割烹料理

1950年代に描かれた手塚治虫の漫画「ジャングル大帝」の中で、動物たちの共食いをやめさせるために人工の肉である「人造肉」を作る場面がある。
そこからおよそ70年。
いま、その技術が現実のものになろうとしている。
“培養肉"のいま
筋肉の細胞を培養して増やし、固めることで肉にする“培養肉"の技術。
ここ10年で飛躍的に研究が進んだ。
きっかけは、2013年にオランダの研究チームが発表したハンバーガーだった。
ただし、作るのにかかった値段は総額3000万円以上。
大量生産は難しいものの、培養肉が料理として使えることを示し、世界を驚かせた。
いま研究が盛んなのがイスラエルだ。
ことし6月、鶏肉の培養肉を大量に作ることができる工場が誕生した。
細胞を培養するためのタンクを7基備え、1日に最大で500キログラムの培養肉の製造が可能になった。
国内で販売の許可がおりていないため、食べられるのは従業員だけ。
ルール作りが進められているアメリカでの販売を目指している。
さらに先を行くのがシンガポール。
すでに一般に販売が始まっている。
アメリカの食品企業がホテルのレストランで、培養肉をつかった料理を提供している。
価格は一皿およそ2000円。
チキンライスやワッフルなどの料理を楽しむことができる。
「今、培養肉を扱う企業は爆発的に増えています。世界の食肉市場は巨大で、私たちの力だけでは足りないので、今、多くの企業が参入して来ていることをとても心強く感じています」
食糧危機に
世界中で培養肉の研究が進んでいるのはなぜか?背景には、世界規模の人口増加がある。
世界の人口は、2050年には97億人に達するとされている。
お祝いの日に「焼き肉」を食べにいく家庭もあるかもしれないが、経済的に豊かになると肉の消費量が増加するとも言われている。
人類が食べる肉の量は、2050年には2010年と比べて1.8倍に増えるという予想もある。
これに対して、既存の畜産では飼料となる大量の穀物や水が必要になるため、拡大が難しい。
食肉からタンパク質の摂取が難しくなる「タンパク質クライシス」が近い将来訪れるという懸念もある。
こうした畜産業では足りない部分を賄うために「昆虫食」や「植物性の代替肉」、それに「培養肉」などの新しい技術が注目を集めている。
畜産業とともに食料を支えていこうというものだ。
アメリカのコンサルティング会社は、2040年には、世界の食肉市場の6割が「培養肉」と「代替肉」になり、培養肉の市場規模は69兆円になると試算している。
培養肉は、牛や鶏などの動物から少量の細胞を取り出して、動物の体の外で増やして作る。
広大な土地も必要ないため、将来、安く大量に肉が作れる可能性があると期待されている。
日本では、大型研究プロジェクト「ムーンショット型研究開発制度」などで培養肉の研究を国が後押ししている。
(太陽エネルギーを駆動源、藻類を栄養源とした培養肉工場のイメージ 画像提供:インテグリカルチャー)
“和牛培養肉"を目指す
現在大量生産が可能なのはハンバーグなどに使われる「ミンチ肉」にとどまっている。
ただ、毎日ハンバーグではもの足りなさも感じるかもしれない。
そこで日本の研究者が目指しているのが、サシの入った和牛のような培養肉。
ステーキのような構造をもったお肉だ。
大阪大学の松崎典弥教授は、ことし8月、和牛と同じ構造をもつ培養肉を作ることに成功したと発表。
「細胞の繊維だけかき集めてハンバーグ状にしているが今の培養肉の主流です。でもそれではステーキにはならないんです」
松崎教授が注目したのは、和牛肉の構造。
肉は、繊維状の赤身と脂肪、それに血管などが複雑に絡まっている。
繊維自体を作ればいいのではないかと考えたのだ。
しかし、立体的な構造を細胞で作るのは手作業では難しかった。
そこで目をつけたのが3Dプリンターだ。
特殊な容器の中に細胞を入れ込み形状を保ったまま細胞どうしを融合させる手法を開発。
筋肉、脂肪、血管、それぞれの繊維を作ることに成功し、これらをくみ上げることで、和牛と同じ構造をもつ1.5センチほどの大きさの培養肉を作ることに成功した。
この方法の画期的なところは、赤身と脂肪の割合を自由に変えることができるところにある。
将来的に家庭にある3Dフードプリンターで肉が作れるようになれば「お母さんは胃がもたれているからきょうは脂肪を少なくしよう」とか「高校生の長男はサーロインで」などと、気分によって作る肉を調節できると期待されている。