一人がほめ出すと、集団的妄想みたいなものが起って、みんながほめ出し、そのうちに、故人は本当に「偉人中の偉人」「神のごとき英雄」に見えてくるのですから、人間の心理はふしぎなものです。われわれが「やりきれない」と思う他人の欠点は、たいていは相手が生きているということから起る。やりきれない口臭の持主も、死んでしまえば一向気にならない。大体、生きている人間というものは、どこか我慢ならない点をもっています。死んでしまうと誰だって美化される。つまり我慢できるものになる。これは生存競争の冷厳な生物的法則であって、本当の批判家とは、こんな美化の作用にだまされない人種なのであります。
「不道徳教育講座」 三島 由紀夫[角川文庫] - KADOKAWA
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