1959年、石原慎太郎「天皇が国家の象徴などと言う言い分は、もう半世紀もすれば、笑止で理の通らぬたわごとだと言うことになる」 [377482965]
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上皇さまに「男だねえ」故・石原慎太郎氏 反皇室でも最大級の賛辞を送った政治家の気風 〈dot.〉(AERA dot.)
https://news.yahoo.co.jp/articles/82f9eb4e4b8263193d647b432a9e18b1eb9b6185
(前略
1959(昭和34)年4月10日、世紀の恋愛と評された明仁皇太子と美智子さまのご成婚が執り行われた。
日本中が熱狂したこの時に起きた「事件」を記憶している人は、もう少ないかもしれない。
おふたりの乗ったご成婚パレ―ドの馬車が二重橋を出て祝田橋を渡ろうとした直前、一人の少年がおふたりに向かって投石し、馬車によじ登るという事件が起きたのだ。
それから数カ月後。若き青年であった石原氏は、月刊『文藝春秋』8月号に、「あれをした青年」という原稿を寄せた。
<皇室や皇太子の問題は僕にとって考える必要のない関心の外にある。いや、外と言うより、思考以前に無意味なものでしかないと思う。天皇が国家の象徴などと言う言い分は、もう半世紀もすれば、彼が現人神だという言い分と同じ程笑止で理の通らぬたわごとだと言うことになる、(略)>
石原氏が書いた「あれをした青年」とは、投石事件を起こした少年のことだ。
騒動のあと、この少年が石原氏を訪ねてきたのだという。そして、天皇制への反発や奉祝ブームへの違和感から投石した心情を訴えたそうだ。石原氏は、少年に対して、こう共感を寄せた。
<天皇制を、皇室の関心の対象から無意識にしめ出している我々の世代の実感を僕は健全と思う>
(後略 若い頃の慎太郎は神をも畏れぬ反権威の自由烈士だったのに、結局はずるずると権力欲に溺れたな それは同意だわ
何時までこんな人権侵害してんだろうな 石原って別に保守でも右翼でもなかったんじゃないの
単なるポピュリスト
おもしろければ差別にでも何でも加担するタイプの 天皇というのは、歴代の支配層がその支配の正当性を主張するための口実にしてきただけだし こんなやつでも天皇制には否定的だったのに今や皇室擁護者と成り果てたリベラルや左翼ときたら…情けないの一言だな 左翼的コメントするのが知的でかっこいいとされてた時代のコメントじゃん
時代の流行におもねた発言ではそいつの本当の思想はわからんだろ ぶっちゃけこいつに祭り上げられてしまった
今上天皇の方がよっぽどリベラルで常識者
だから今上天皇は支持されている >石原氏は、少年に対して、こう共感を寄せた。
><天皇制を、
天皇制という単語を使うのは極左だけとかいう主張をする右翼がいた記憶が 本人に思想なんてものはない。霊友会の代弁者にすぎない。 やっぱ昭和のガキはやべぇーな
こんなんテロリストじゃん。やって良いことと悪い事の区別が完全についてない
平成以降のガキだったら絶対そんなことしないだろ >>18
やっていいことと悪いこと
それ誰が決めるんだろうね 国民が皇族に無関心どころかそのうち殺されてもおかしくないだろ
NYのあれとか この人は本物の右派とは相容れないはずだが、同じく皇室をなぜか
政治利用としての価値しか認めないネトウヨとは相性がよさそう
そしてなんか尊大でえらそーなところがまさに東京にぴったりだ >>15
霊友会の話を追悼番組で一切触れられてないよな
東日本大震災で死んだのは我欲発言は宗教的な意味だし
遺言の戒名なしも明らかに霊友会の教義由来だから
追悼番組で語るべきところを語ってないよな >>12
じゃあ右翼的コメントも信用できないということでよろしいな? 三島由紀夫「コンピュータ時代には再び天皇が価値を持つ」
三島の方が先見性あったな >>29
ワイドショーネタとしての価値は上がったかもしれん >>22
ところがどっこい石原はガチのオカルト崇拝論者だった
石原良純の話聞くと面白いけど
良純がノイローゼで病院通ってた時に石原は医者じゃ役立たずだからって
祈祷師を読んだり霊媒師を呼んで儀式させてたくらい
水俣病を業病とか呼んだり
大震災を我欲のせいとか言ったりしてたのもそういう背景があるから納得いく
我欲の塊でカルト志向なところは右翼に共通してるんだろう ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています