中国14億人の消費者はかつて欧米のブランド企業にとって未開発の金鉱同然で、中国人の所得が増加し消費意欲が解き放たれることでナイキやネスレなどに数十年にわたる成長をもたらすと期待されていた。
ところが中国は貿易からサイバーセキュリティー、人権に至るあらゆる問題を巡って米国などと対立するようになり、この目算はあっという間に狂った。消費者の行動はますます中国政府の政治路線に沿ったものになり、6兆ドル(約690兆円)規模の市場に社運を賭けている世界のブランドにとって由々しき兆候だ。
中国の電子商取引最大手アリババグループ傘下でB2C(企業対個人)プラットフォームを運営する天猫(Tモール)の過去4年間の販売動向を見れば、消費者のナショナリズムへの傾倒がどれほど急激で深いかがうかがえる。欧米ブランドは何百万ドルもの資金を投じたにもかかわらず、中国の消費者から背を向けられつつある。
杭州に本拠を置く分析会社、淘数据がまとめたデータをブルームバーグ・ニュースが分析したところでは、メルセデス・ベンツ・グループやクリスチャン・ディオール、ドルチェ&ガッバーナ(D&C)など、中国で事業を行う外国企業が政治的な出来事によって受ける影響は従来より長期化している。

  2021年3月にソーシャルメディアで吹き荒れたバッシングが顕著な例だ。中国の綿生産地である新疆ウイグル自治区で人権侵害があるとして複数の海外ブランドが非難したのがきっかけのこの論争は、スニーカーやスポーツウエア市場に重要な転換点となった。欧米の大手ブランドの優位が初めて中国勢によって崩された。

  新疆綿を使用しないと発表したナイキとアディダスの販売実績は下降軌道をたどり、いまだに底を打っていない。何カ月たっても、新疆綿への支持を表明した安踏体育用品や李寧などの中国の競合企業になお後れを取っている。中国勢はナショナリズムの高まりに着目し、中国語のロゴ入りセーターや紫禁城に着想を得たスニーカーといった中国人消費者を狙った製品を投入している。

  今年1月末までに、安踏と李寧のスニーカー販売シェアは合わせて28%を占めるようになり、新疆論争以前より12ポイント上昇。同月末までの1年で、スニーカーの中国トップブランドの売上高が約17%増える一方、外国ブランドは24%減少した。ナショナリズム的な消費パターンの傾向が見られるのはスニーカーだけではない。化粧品や清涼飲料、ベビーフード、アパレルでもそうだ。中国ブランドはオンライン販売で長年トップの座にあったネスレなどの世界的ブランドを既にしのいでおり、欧米ブランドがなお優勢な高級品や美容ケアなどのセクターでも猛追している。ブランディングおよびマーケティング・コンサルティング会社プロフェットのシニアパートナー、ジェイ・ミリケン氏は「消費者のネガティブな出来事への反応は、ナショナリズムというはるかに積極的な形にシフトした」と指摘した。かつて比較的余裕ある中国の消費者は製品の質と安全性を巡る懸念から、自国ブランドの購入に概して消極的だった。しかし、中国が習近平国家主席の下で孤立主義的な方向に走り、自国トレンドを把握していることの多い国内ブランドが成熟する中で、中国ブランドを敬遠する傾向は弱まっている。

  ブランドコンサルティングなどを手掛けるランドー&フィッチのアジア太平洋部門を率いるジョナサン・カミングス氏は「中国の消費者は自国ブランドへの自信を深めつつある。以前のボイコットは一時的なものだったかもしれないが、今では消費者心理に与える影響が長期化し始めている。これは代替製品があると消費者が認識しているためだ」と分析した。

  中国に大きく賭けてきた外国ブランドにとって、同国消費者のナショナリズムはジレンマをもたらす。中国市場は無視できないほど重要だが、中国人に気に入られようとすると、欧米の政府や消費者から反発を食らうリスクもある。https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-02-17/R7DJF9T0G1L001?srnd=cojp-v2