元日本海軍志願兵「敗戦の後で、天皇は自決するなり、最低でも退位して責任取ると思ったけどなんも責任取ってなくてワロタ・・・ワロタ」 [773786195]
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著者の渡辺清氏は1925年生まれ。16歳で自ら志願して海軍に入隊、大和と並んで世界最大最強と謳われた戦艦武蔵に乗り組んで米軍と戦った。
武蔵は1944年10月に撃沈されたが渡辺氏はかろうじて生き残り、その後配属された駆逐艦の艦上で8月15日の敗戦を迎えた。この日のことを、氏はある対談で次のように語っている。(『現代の眼』1962年12月号)
敗戦は挫折というよりも、ナメクジに塩をかけると溶けますが、あんなふうに自分自身が崩れていく実感がありました。
この書は、渡辺氏が故郷の村に復員した1945年9月から翌4月までの日記を収録したものだが、純粋に「現人神」昭和天皇を信仰する軍国少年のまま帝国軍人となっていた氏が、敗戦の衝撃に七転八倒しながら天皇制の呪縛から醒めていく、その過程を記した稀有の記録ともなっている。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2022/04/14/191033
「帝王の帝王たる尊厳」を示さなかった天皇裕仁
渡辺氏は、天皇の処刑などということは絶対にあってはならないと思いつつも、この戦争が天皇の命令によって開始され、そして惨憺たる敗北を喫した以上、天皇は何らかの形でその責任を取るはずだとも考えた。
9月2日の日記:[1]
だが、かりにもしこの噂が本当だとしても、天皇陛下が敵の手にかかるようなことはまずないだろう。縄をうたれた天皇陛下なぞ、たとえ天と地がさかさまに入れかわってもあり得ないことだ。だいいち、それまで天皇陛下がおめおめと生きておられるはずがない。もしそういうことになれば、そのまえに潔く自決の道を選ぶだろう。立派に自決することによって、なんぴとも侵し難い帝王の帝王たる尊厳を天下にお示しになるだろう。それをおれは固く信じている。実は、おれは降伏詔書を発布された直後に天皇陛下は自決するのではないかと思った。敗北の責任をとる手段といえば、さしずめそれ以外にない。開戦の責任者である以上、そうするのがむしろ当然だと考えたのである。
むろんおれはいまもその考えを変えていないが、ただ「八月十五日」の時点で天皇陛下があえて自決を避けられたのは、それによって敗戦の混乱と不安をいっそう大きくするという“聖慮”によるものだったかもしれない。それは十分考えられることだ。おそらく天皇陛下は、御親率の陸海軍人がほぼ復員を完了し、人心が平時に復したときか、さもなければ連合国が軍事裁判を開く前あたりをその時機とみて、あるいは御退位するおつもりかもしれない。
いずれにしろ天皇陛下は、できるだけ早い時機にその責任をおとりになるだろう。いたずらにその時機を失して、敵の法廷に立つような醜態をさらすことは、よもやないだろう。戦争は天皇陛下の御命令で開始され、惨憺たる敗北を喫したあげく、最後も天皇陛下の御命令で終止符がうたれた。そして、その間たいへんな犠牲者を出したのだ。天皇の名によっておびただしい人命が失われたのだ。畏れおおいことだが、この責任は誰よりもまず元首としての天皇陛下が負わなければならない
だが、天皇裕仁が渡辺氏の期待に応えることはなかった。それどころか、新たな日本の支配者となった占領軍司令官マッカーサーにすり寄り、何とかしておのれの地位を守ろうと、保身に汲々とするばかりだったのだ。
それを見せつけた決定的な場面が、天皇によるマッカーサー訪問だった。
天皇がマッカーサーを訪問(九月二十七日)。昨日ラジオでも聞いたが新聞にも五段ぶちぬきでそのときの写真が大きく出ている。
それにしても一体なんということだ。こんなことがあってもいいのか。「訪問」といえば聞こえはいい。しかし天皇がこれまで自分のほうから人を訪ねたことがあったろうか。(略)
しかも訪ねた先方の相手は、おれたちがついせんだってまで命を的に戦っていた敵の総司令官である。「出てこいニミッツ、マッカーサー」と歌にまでうたわれていた恨みのマッカーサーである。その男にこっちからわざわざ頭を下げていくなんて、天皇には恥というものがないのか。いくら戦争に敗けたからといって、いや、敗けたからこそ、なおさら毅然としていなくてはならないのではないか。まったくこんな屈辱はない。人まえで皮膚をめくられたように恥ずかしい。自分がこのような天皇を元首にしている日本人の一人であることが、いたたまれぬほど恥ずかしい。
マッカーサーも、おそらく頭をさげて訪ねてきた天皇を心の中で冷ややかにせせら笑ったにちがいない。軽くなめてかかったにちがいない。その気配は二人の写真にも露骨にでている。モーニング姿の天皇は石のように固くしゃちこばっているのに、マッカーサーのほうはふだん着の開襟シャツで、天皇などまるで眼中にないといったふうに、ゆったりと両手を腰にあてがっている。足をいくらか開きかげんにして、「どうだ」といわんばかりに傲慢不遜にかまえている。天皇はさしずめ横柄でのっぽな主人にかしずく、鈍重で小心な従者といった感じである。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2022/04/14/191033
おれのこれまでの天皇にたいする限りなき信仰と敬愛の念は、あの一葉の写真によって完全にくつがえされてしまった。
おれは天皇に騙されていたのだ。
絶対者として信じていた天皇に裏切られたのだ。
それとは知らず、おれはこれまですべてを天皇のためだと信じ、そう信じていたがゆえに、進んで志願までして戦場に赴いたのだ。おれはいまも入団当日の感激をはっきり憶えている。(略)
おれはそれから海兵団の新兵教育を終えて、まもなく戦場に出ていったが、激しい戦闘のさなかにあっても、この時の誓いを忘れたことはなかった。いささかもそれにそむいたことはなかった。おれは少年兵として勇敢だったつもりだ。大人の兵隊におとらず勇敢に戦ってきたつもりだ。(略)
だが、その天皇帰一の精神もいまは無残に崩れてしまった。天皇にたいするおれのひたすらな思いは、現実の天皇とはなんのかかわり合いもなかった。むなしい一人合点にすぎなかったのだ。
それにしても、これがあの天皇だったのか。「現人神」とあれほどにあがめられていたあの天皇だったのか。
おれはいちど生身の天皇を見たことがある。(略)そのときおれは儀仗兵として右舷内の正面に立っていたので、天皇を文字通り「龍顔りゅうがん咫尺しせき」の間に見ることができた。(略)そのときのおれほ、御召艇から舷門に上がってきた天皇にむかって捧ささげ銃つつの姿勢をとりながら、瞬間、かくも身近に「玉体」を拝した光栄と感激にわなわなと体をふるわせ、「この上はもういつ死んでも悔いはない」と思ったものだ。
ところがどうだ。あのときの眼もくらむような感激は、おそろしい羞恥と怒りに変わってしまった。しかもその鬱屈した怒りはどこにも持っていきようがない。それはそのまま、そういう無節操な天皇に身ぐるみいかれきっていたおれ自身にともどもはねかえってくる。……一体おれのこれまでの「忠誠心」はなんだったのか。天皇のために死を賭していたのはなんのためだったのか。そこに一体どんな意味があったのか。 人間のくせにあらひとがみを僭称しているのって恐れ多いよな
天皇に裏切られたことへの怒りにのたうち回っていた渡辺氏は、あるとき知人に自分の憤懣をぶちまけるのだが、相手からは意外な答えが返ってきた。
12月21日の日記:[5]
「君はさっきから、天皇に一方的に裏切られたとか、欺だまされたとか言ってるけど、そういう天皇を絶対的なものとして信じていた君自身には問題はなかったのかな? そこんところを考えてみたことある?」
その後渡辺氏は、この知人から借りた河上肇の『近世経済思想史論』と『貧乏物語』の2冊を読み、その内容と自分の生活実感を照らし合わせながら、天皇制というものに対する考えを少しずつ深めていく。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2022/04/14/191033 この国まだ絶対9条変えちゃいかんわ
日中戦争で作戦支持もしたことがある
軍部と日本ファシズムの頭目であるヒロヒトのことでウクライナ政府に激怒してる
ジャップがこんなに多いとは
ウクライナ政府は嫌いだがあれは正しい。ヒロヒトはファシストの頭目 そもそも民間人を無差別爆撃しといて軍幹部は裁判にかけるのがおかしい >>7
ネトウヨ純度濃いやつは
「天皇陛下はこのようなみすぼらしい格好でマッカーサーとあったことで
自分に対するいきすぎた崇高の念を打ち消そうとしたのだろう
天皇陛下万歳」とかなんとかアクロバティック擁護してたんだろうなと思う 嫌儲の先輩
嫌儲民も元はネトウヨだったが人生に失敗して親、学校、政治、民族を恨むようになった 昭和天皇が責任取らなかったからその後日本人が誰も責任取らなくなったという説がある
退位すらしなかったからアジア諸国とも拗れたまま >>9
無差別爆撃は日本も行っていたし
されて当然な面もあったけどな 「拝謁記」によれば、冒頭の「事志と違ひ」、つまり開戦は自分の意志ではなかった、という言葉は裕仁の強い希望により入れられたものだったが、草案の検討過程で宮内庁幹部の反対に遭い、「勢の赴くところ」という言葉に差し替えられたという
田島が宮内庁内部の意見として「何か感じがよくないとの事であります」と説明すると、昭和天皇は、「どうして感じがよくないだろう。私は『豈あに、朕が志ならんや』といふことを特に入れて貰ったのだし、それをいってどこが悪いのだろう」「私はあの時東條にハッキリ、米英両国と袂を分かつということは実に忍びないといったのだから」と抗弁。開戦が自分の本意ではなかったこと、開戦の詔勅にも「豈、朕が志ならんや」という文言を入れさせたことなどを強調していた。
拝謁記には、これに対して、田島が「陛下が『豈、朕が志ならんや』と仰せになりましても結局陛下の御名御璽の詔書で仰せ出しになりましたこと故、表面的には陛下によって戦が宣せられたのでありますから、志でなければ戦を宣されなければよいではないかという理屈になります」と諌めたことも記録されている。 裕仁は、国家の運命を決する決定的瞬間に明確な意思表示を避けて国家元首としての責任を放棄した上、敗戦後は、自分は立憲君主だから政府の決めたことは不満があってもすべて裁可したなどと言って臣下に責任を転嫁した。
こんな人物のために命を奪われたすべての人々が哀れでならない。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2019/09/07/112221 >>20
そういうことだろ
ジャップは皆殺しにされても文句言える立場ではない
東京空襲とか原爆投下だけで済ませてもらって感謝しろよ
ジャップ。
ジャップはいくら殺しても無罪
以上 当時、日本は総動員体制を敷いており
民間人というのは存在してない
いたのは軍属だけだった
つまり民間人を爆撃したのではなく軍属を攻撃しただけの事だった
民間人の無差別虐殺なんてのは当たらない 昭和天皇とかマジでゴミだよな
外遊も3回しかしてないし
平成天皇の聖人具合とは比べ物にもならない 南京で大虐殺を行い
重慶を無差別爆撃した日本人は
自分が無差別爆撃や原爆食らったからと言ってとやかく言ってはいけない
卑劣な犯罪者がその品性にふさわしい罰を受けただけだから 敗戦じゃないからな
戦争を終わらせて諸国民と日本人を救ったって天皇は言ったねん
だから終戦やねん
左翼は勉強せえ 私は貝になりたいの元ネタの人、天皇批判してたのに映画じゃ絶対取り上げない 原爆二発落とされるまで知らん振りしてた奴が
「自分の命を差し出す代わりに国民を助けてくれ」
なんて言う訳ないから100%捏造 明治に作ったキチガイルールで死なないと天皇やめられないことを最大限利用した 戦争を生き抜いた祖父母世代で一般国民やってたら普通に天皇は軽蔑の部類だろ
俺の祖父母がそうだった
家の隣に特攻隊の飛行場があったから特に 大西は、特攻でもフィリピンは防衛できないとわかっており、「戦争を止めるために特攻を進めた」という意味の証言も残っている。
「万世一系仁慈を以て統治され給う天皇陛下は、この事を聞かれたならば、必ず戦争を止めろ、と仰せられるであろう」と言い、さらに天皇のその意志表示で戦争が終わった場合「いかなる形の講和になろう共、日本民族が将に亡びんとする時に当たって、身をもってこれを防いだ若者たちがいた、という事実と、これをお聞きになって陛下御自らの御仁心によって戦を止めさせられたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に、必ずや日本民族は再興するであろう」(『修羅の翼』)と言っている。
『修羅の翼』は、フィリピン戦線で特攻に出撃しながら生還した角田和男が小田原俊彦から大西の話を聞き回顧したものだ。
伝聞証言である。いまとなっては、真偽を確かめるのは不可能だろう。しかしながら、前述の多田や新名の記録、大西自身の遺書などを照らし合わせると、大西が特攻による超物理的効果、「民族的な記憶」に貢献する効果をみていたことは、間違いないだろう。
では、「特攻によって天皇は終戦に向かって動く」という期待はどうだったか。特攻の犠牲者が増えれば、天皇は終戦に向かって動く。大西は本当に、そんな期待をしていたのだろうか。だとすれば、その期待は叶わなかった。
(略)
上聞とは、天皇に伝えるということだ。
実際、天皇はフィリピン戦線での特攻をその直後から知っていた。「昭和天皇実録」によれば、天皇は前述の「敷島隊」の特攻について、その翌日、10月26日に報告を受けている。
(略)
その点、『神風特別攻撃隊の記録』には、興味深い記述がある。敷島隊が戦果を挙げたあとの10月末、同隊の戦闘経過を聞いた天皇の「お言葉」が届いた。同書によれば、昭和天皇は及川軍令部総長にこう言った。「そのようにまでせねばならなかったか。しかしよくやった」。天皇の「よくやった」という「お褒めの言葉」が、その後の特攻遂行のエネルギーとなったことは想像に難くない。
(略)
「昭和天皇実録」には、天皇が特攻をどうみていたかをうかがわせる記述がある。
1944年11月13日、梅津美治郎・参謀総長から戦況についての報告を受けた昭和天皇は「昨日のレイテ湾における陸軍特別攻撃隊万朶隊による戦果等を御嘉賞になる」と述べた。天皇はやはり特攻を「御嘉賞」、ほめ讃えていたのだ。
『修羅の翼』が伝える大西の期待、特攻によって天皇が停戦に動くという期待は叶わなかった。
それどころか天皇は喜んだ。となれば一度始まった特攻を中止することは大西といえども不可能であった。「特別攻撃」は通常の作戦となった。特別=異常が常態化したのである。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2018/08/16/165326 昭和天皇を退位させて三笠宮を即位させる案とかも閣僚から出てたんだよね確か
それなら天皇が一応責任とった感じになるからよかったのではと思う 45年に入って、戦局がますます絶望的な段階をむかえると、近衛は本格的な戦争終結工作に着手する。(略)
この上奏文のなかで近衛は、「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存じ候」として敗戦をはっきりと予言し、敗戦にともなって「共産革命」が発生し、天皇制が崩壊するという最悪の事態を回避するために、ただちに戦争の終結に踏み切ることを主張したのである。近衛のこの上奏に対し天皇は、「もう一度戦果を挙げてからでないとなかなか話はむずかしいと思う」と述べて、近衛の提案に消極的な姿勢を示した(『木戸幸一関係文書』)。天皇はまだ、戦局の挽回に期待をつないでいたのである。
この拒否の結果は、10万人以上の死者を出した3月10日の東京大空襲をはじめとする、戦略爆撃による全国焦土化であり、また日米軍民合わせて20万人以上、沖縄県民だけでも15万人が犠牲となった沖縄戦である。
https://vergil.hateblo.jp/entry/2018/08/16/165326 元々無能なのに自分を神の子孫と思い込んでる精神異常者の家系だからなぁ
まあ責任能力無しですわw 当時のこういう反応があったってことはあの裕仁マッカーサー写真は狙いどおりの効果があったってことだな
一々GHQ側の打つ手が的確に奏効してる >>36
即位したか微妙だけど壬申の乱における大友皇子 欧州の王族と違って対将軍家に対抗するために薩長テロリストが担ぎ上げただけしな
自分が何をすべきか責任をとるべきかとか分かるわけがない やっぱ極右って頭おかしいわ
自分の頭で何も考えてないのが分かる >>42
なんで薩長だけテロというの?
乙巳の変もクーデターで中大兄皇子はテロの主犯だし
以仁王と源頼政も平氏政権に反逆したテロの主犯だし
鎌倉殿もいってしまえばクーデター成功者だよ
政権を担当してた北条氏を滅ぼした後醍醐もテロの主犯じゃん
べつに薩長をクーデターやテロじゃないと言えとは言わないが
過去のクーデターも批判しないと片手落ちじゃん? >>44
だから鎌倉室町のような武家政権は明治時代に簒奪者として
低く扱われたろ >>43
極右ってのは
裕仁をファシズムの頭目の一人として扱ったウクライナ政府に激怒してる
ニップの事だよね? 天皇権威の失墜に一役買ったし退位しなかったのも思い通りなんじゃないの
退位してたらまた右翼のおもちゃ化してただろうし >>1
こういう極端な奴が今だとサヨクになってるんだろうな
バランス感覚がどこか欠如してるのかもしれない マッカーサーと天皇が並んで記念撮影しただけで日本中の洗脳が解けた上に天皇の命まで助かるんだからこれを考えた奴は相当賢いよな
この写真あるかないかだけでしばらく戦後のテロが続いただろ 元日本兵で
フィリピンで敗戦の報を聞いた捕虜さん
あ?
8月10日にアメリカ軍から
日本は降伏する
と聞いたけどなんで15日までかかったん?
あ?
とっとと降伏しないから
この五日間で
各主要都市メチャメチャ空爆されとるやん!
結局天皇一家が保身のために
グダグダ連合軍を疑ったせいやろ!
天皇制は絶対に要らない!!
まあ
これが普通の人間の気持ちや
これが誰かは調べてみ >>49
極端なのは
これでもまだ天皇支持してるやつらの事だろ
それとウクライナに怒ってるやつら
それとも、退位しないことに失望せずまだ天皇辛抱し続けたらバランスいい精神だとでもいうのか 今更なに言ってんの?責任取らなかったし取らせたくなかったし取る必要もなかった
そして戦後日本は世界第二位の経済大国になりました めでたしめでたし
今の惨状は国民の責任だよ逃げるなよ >>47 元生長の家のカルト鈴木邦男が
生長の家内部で覇権争いに破れて
仕方なく
本当に仕方なく立ち上げた
一水会
の事だよw >>53 これが所謂
歴史と向き合わなかった民族
の末路よ
また暴発して
四方囲作戦で
殲滅される未来よ >>57
歴史と向き合い
「軍部が全部悪い。天皇と日本人は被害者に過ぎない」という事になりましたとさ。
まじで天皇に責任はない。軍部が悪いという事になったからな
東京裁判で >>1
天皇崇拝して志願したというのは残念だけど
「天皇は責任があるから自殺、退位すべきだ」と思ったのは至極まっとうな感性だろ
ここら辺は全く正道な感性で、戦後天皇崇拝辞めたというのは
別に偏ってはない 日本人自身も全部軍に責任を押し付けて責任逃れした側だから
天皇に何も言えなかった
自国内でさえも勝ち組負け組で線引きをしたがるのは昔から変わらないね >>60
> 「天皇は責任があるから自殺、退位すべきだ」と思ったのは至極まっとうな感性だろ
そうかなあ
天皇は自殺か退位かすべきだなんて思ってるのサヨクぐらいしかいないだろ >>1
責任とろうとマッカーサーに会いに行っただろ >>62
戦後に木戸幸一は戦前退位を勧めていたし
東京都知事の石原慎太郎も退位論者だった
保守側からも退位論はあったのにそれを黙殺したのは一重にマッカーサーのおかげだろう ジャップは今の時代になっても民主主義的手続きや国民主権を無視して天皇に直訴したような輩に政治屋やらせてるし
そういう天皇主義の権力者を支持してるネトウヨカルトの馬鹿共がいるっていうんだから薄気味悪いわ >>61
軍に責任を押し付けたのは戦争を煽った朝日新聞社 >>66
そういう世論を作ったのは戦後マスコミを操ったGHQだろ 天皇の責任は日本を存続させること
この一点に尽きる
そして昭和天皇はやりとげた
それがいかに困難なことだったか
敗戦してもなお君臨し続けるということがどれだけ奇跡なのか
昭和天皇に日本人として戦後ごちゃごゃ言えるのも日本が滅亡しなかったから
それは昭和天皇のおかげ
そういうことがわからないのなら日本人を辞めるべき ジャップはあまりにも世界を知らな過ぎた
今の感性なら天皇を滅ぼすだろう 天皇は責任を取ってはいけない
国外の価値観で左右されてはいけない存在
でなければ日本の法体系の正当性の根拠とはなり得ない 昭和天皇がやったことは、自らの命を助けることで日本の主権を自らアメリカに売り渡したこと
その結果、天皇制が今でも存続している >>71
深夜はマジモンのキチガイが観察できておもろいわ >>70
終戦時日本政府も日本軍も天皇も健在
天皇はそのままで政府は存続してGHQの間接統治となる
日本国は戦前と戦後をそのまま繋げている
滅亡したのはナチスドイツで政府は消滅した 責任を取れば良いというものではない
という概念が我が国にはある 別になぁ、責任取らないってのは不思議でもなんでも無いんだよ
だって人間なんだし、人間宣言したんだから卑怯でも無責任でも保身に走ってもなんも不思議じゃない
でもね、普通の人間社会ならそう言うことをやったら少なくとも権威は失うだろ、普通の人間社会なら
なーんの責任も取らなかったのに権威が維持された事、本当に不思議なのはここだろ
おかしいのはヒロヒト本人じゃなくて、そいつに権威を与え続けてる日本社会だよ >>74
日本軍は廃絶したけど
ドイツ軍は1日の間断もなく戦前から現在まで継続してる >>64
いずれにしても天皇が自殺すべきか退位すべきだなんて言ってる人が至極まっとうな感性というのは明らかに間違いだよね >>75
ナチスドイツは政府が滅亡してその後の東西ドイツとは繋がっていない >>77
いまだ権威を与え続けてるのは日本人ではなくアメリカ合衆国 >>78
ファシスト党、ナチス党、矢十字党
といった政党ではなく日本では軍部が戦争主犯という事になったからな
だから日本が軍を再説するとか
9条変えるとかはほかの枢軸と比べても慎重にならないといけない >>80
ナチスドイツが滅んで今のドイツ人はどこからやってきたの? >>82
日本軍が戦争の要因になったのは事実だろうが
軍そのものが裁かれることはない(軍の指導者は裁かれてる)
日本軍が廃絶したのは一旦決まった非武装化の方針に拠ったにすぎない 今の日本人は終戦直後の日本人がどれだけ昭和天皇を信頼していたか知らないんだよ
御巡幸の時に天皇に会いに押し寄せたものすごい数の日本人という記憶が消えている
政府も軍も国民からはそっぽを向かれても昭和天皇だけは国民は信頼していた
その国民に対して昭和天皇も国民を信頼していた
この戦前から戦後にかけての国民の精神の安定をもたらした天皇との絆ほど
奇跡的なことはない 結局なにもかもアメリカ様に決めてもらってケツ持ってもらって現在がある >>83
国民国家の枠組みが滅亡したことを言っている 信頼してたのかどうかと
責任取らんといけないという事は別問題
当時すでに子供だったとはいえ皇太子もいたし
皇位継承権がある皇族もいたんだし
何らかの罰則を受けて責任を取るべきだった。
自殺しろとまではいわんが退位はすべきであり
自分が戦争中、実際作戦や軍事を指導したことを間違いであった(お飾りではなかった)と謝罪すべきだった >>87
それなら大日本帝国も滅んだということになるが 大日本帝国 主権天皇 天皇は皇帝
戦後日本国 主権在民 天皇は象徴
うん、全く違うな >>89
日本は政府が存続しているのだから国民を規定するすべてのものが継続している
大日本帝国という国外まで統合する枠組みは消えたかもしれないが
国内は統合され続けた ベトナムやアフガンやイラクでのアメリカの負けっぷり見てると降伏してなかったらふつうに勝ててたと思うんだよね >>95
ベトナムやアフガンと違って
日本はどこからも支援を受けられなかったのにどうやって勝つんだ? >>88
天皇は日本の法体系の正当性の根拠
天皇の上に外部から正当性のあるものがかぶさってはならない
天皇に処罰を求めるそのアメリカ目線が異常なことに気づくべき >>97
天皇より連合国が世界ルールだから
お前の天皇至上主義な目線のほうが異常だろ >>93
自民党みたいのは大正デモクラシーの時からあったよ >>95
ベトナムやアフガンでは核を使える状況じゃなかったからな
日本があのまま降伏せず抗戦してたら3発目4発目と原爆投下されてたのは疑いない >>98
日本人の多くは民族主義者だよ
日本が大事
日本人であることに誇りを持つ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています