かつて、なぜ「キャプテン翼」に人気があるかを分析して、仰天したことがあります。
カメラ、つまり漫画のコマの視点が、サッカーボールにあったんです。
サッカーはボールを奪い合ってプレーしますが、「キャプテン翼」では、
いまボールがどこにあるかがきちんと描かれていました。
漫画の中に一番多く出てくるのは、主人公の翼くんではなく、サッカーボールなんです。

ボールの視点で漫画を読むことによって、まるで自分がプレーをしているかのようにサッカーを体験することができる。
つまり、スポーツをしている時のおもしろさ、心理的な駆け引きを、読み手が追体験できるんですね。
それこそがスポーツ漫画の醍醐味です。
たとえスポーツが苦手でも、主人公の背中に乗って、物語の中に入っていくことができる。
最初はうまくなくても、上達していく成長を味わえる。だからこそ、誰の背中に乗るかが大切なんです。

■いまの漫画は少ししゃべりすぎ
もうひとつ、若い頃に読んで衝撃を受けたのは、あだち充さんの「ナイン」でした。
この作品以前、心理描写やモノローグは、少年漫画の世界にはありませんでした。

僕は、いまの漫画は少ししゃべりすぎでは、と思うことがあります。
キャラクターのせりふのやりとりで物語が進んでいく作品を読むと、少し不違和感がある。
好きな相手にどきどきしながら「好きだ」と伝えるときに、演説したら、まずいでしょう。

そういううまく言えないことや心のやりとりを、絞ったせりふと風景描写で見せていくのが、あだちさんは抜群にうまいんです。
コマとコマの間に独特の時間が流れていて、言葉の間合い、心理のやり取りを風景描写で見せていく。
その辺の心理描写の書き方を、少女漫画で連載を持ったことによって、覚えたのではないかと考えています。

あだちさんは風景の中に必ず書くものがあります。それは空です。
白球がパンと上がったときの空に、必ず季節感がある。
そして、その空気感を書くのがすごくうまいんです。
ストーリー上でことさらに訴えなくても、季節感を描くことで、登場人物の心象風景が伝わってくるんですね。

それに、空を描くのは手が掛からないんですよ。

いかに描かないで、いかに描くか、そういう意味でもすごいんです。
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