年の頃は七、八歳だろうか、やや小柄でこざっぱりとした身なりの少年が、目の前を足早に、たった一人ですたすたと歩いている。こちらは駅前の商店街での買い物をすませ、決して軽くはない品々の入ったバッグを肩にかけ、いくぶん疲れ気味に家路をたどっていた夕暮れ時のことである。すると、少年はいきなり立ち止まり、あたりに目を走らせ、こちらの存在に気づいたのかいきなり近寄ってきて、すこぶる慇懃無礼な態度で、少々お訊ねしますがと口にする。このまま進めば羽根木公園にたどりつけますでしょうか。
 ああ、それは反対です。この道をとって返し、井の頭線の踏切を渡ってまっすぐに進み、そのつきあたりを右に曲がって、と答え始めると、こちらが言葉を終えるよりも以前に、ご親切に、まことにありがとうございましたとことさら丁寧に礼を述べる。そのとき通りかかった自転車に乗った青年が、いきなり携帯の画面から目をそらせ、こちらの妙に大人びた対話に耳を傾けていたらしく、ああ、羽根木公園ならこれから俺も行くところだから、一緒に連れてってやろうと提案する。だが、少年の反応は思いがけないものだった。

理由もなく孤児だと思ってしまった、ごく鄭重な少年との出会いに導かれて|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま
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