江戸時代の食事、ヤバすぎる [581480879]
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こういうのドラマであんま見ない気がする
ちゃんと時代考証してるであろうドラマでさえ
糖質制限厨憤死するからやめとけ
米こそ完全栄養食なのに、バカな説に騙されて米は悪いとか言ってるから 知性の欠如
これめちゃくちゃリアル感あるわ
そりゃドカ食いするよな
吉野家のクソショボモーニングでご飯おかわりしたら似たようなの再現できるよ
米ばっかり食ってビタミン足りなかったから脚気になる人多かったんだっけ
穀物からタンパク質を生み出す腸内細菌があるから
戦前までの日本人は米だけで栄養とれた
とどっかで見たな
現代人は無理じゃね
米糠はね
ビタミンBが大量に含まれているから
米糠食ってりゃ脚気にはならんよ
>>5 素浪人天下大平とか見るといい
丼飯に味噌汁かけるだけ、とか飯屋で食ってる
ゴミみたいなジャップの国土ではこれが限界
魚さえも毎日は食えないて
質素だけどこれが一番なんじゃない今みたいな病気も少なかっただろうし
普段のケンモメン
(ヽ´ん`)「糖尿!糖尿!w」キャッキャッ
このスレ開いた時
(ヽ°ん゚)
>>1 これ江戸時代人差別だな
玄米こんなに取れるようになったのも
江戸時代前期に干拓があったからで
それまで麦粟稗混じってた
>>16 オセアニアの先住民が高確率で持ってるけど
日本人の大半はそんな遺伝子無いよ
脚気はあまり動かない殿様や地主の贅沢病で庶民は機械を一切使わないかなりの肉体労働だからこれくらいでも太らなかった
今の基準で成人の糖質接種基準がどうたら言ってる奴らは頭悪いな
>>16 どんだけ筋肉ムキムキ精力絶倫だったんだよ
江戸時代の誰の食事なんだよ
将軍か農民かでかなり違うだろ
そりゃ朝から夕まで農作業だからな
現代人とは運動量が違うわ
>>39 百万都市!とかイキっても人口多いだけの貧困蛮族の巨大集落だし
文明的な食事なんて食って無い
今はこんなにカロリーを摂る必要がないが、
経済が停滞した上での円安でタンパク質すらこんなに食べてないだろ
>>37 遺伝じゃなくて腸内細菌なんだが
玄米ばっか食べてるとそれに対応する
最近が増えていく
江戸っ子は白米食のビタミン不足を蕎麦で栄養を補ってた
>>30 その代わり50くらいで死んでたみたいだけどな
虫歯は引っこ抜きだしなんかの風邪で半身不随になったりとかしてただろ
日本は豊かだった日本すげえ!のために歴史捏造すんのやめろよ
どれだけ多くの人が餓死したと思ってるんだ
>>37 腸内細菌と遺伝子って関係あるのか? 腸内細菌なんて外部要因じゃないの?
>>1 毎日体力仕事だし丁度良かったんじゃね
玄米は多すぎだけど
>>43 >尾張国の春日井郡に住む、貧困ではない自作農の20歳程度の長男の朝食もしくは夕食
>>38 実際当時は50くらいで死んでたみたいだし糖尿病も多かっただろうな
だからお前ら今と江戸時代じゃそもそもの運動量が全然違うって
旅人は一日40キロも歩く時代だぞ
>>65 運動してても筋肉で糖を消費するのを補ってるだけで膵臓はクタクタなんよ?
これで平均身長150くらいだから炭水化物いくら食ってもでかくならないんだな
こんなご馳走食えるかよ
もっと汚い器にボソボソのクズ米を
かさ増しにグチャグチャに炊いて
おかずもほぼ湯の何かとその辺の草千切った何かだ
>>73 ニワトリ飼ってて卵産めなくなったら
食うぞ
おそらく糖尿も多かった
この量で白米なんか食べてれば尚更
かなり腹いっぱい食ってたんだな
年貢で厳しいみたいなイメージ勝手に持ってたけど
これならよくある戦時中の画のほうがかなり酷いな
>>69 今でいう糖尿病は当時定義されてなかったけど脚気がその末路だわな
おかず漬物ばっかやんけ
更に塩とか
どんだけ塩分好きやねん
朝まとめて飯炊くから昼と夜は冷めてるんだよな
夜は茶漬けばっかり食ってたみたいやけど
伝統ぶってる和食なんてものが作られたのは戦後だもんな
>>70 これどういうこと?
何かの栄養素を極端に取らなくなったの?
同じところに住んでる人間がそんなことあるの?
>>67 これな標準化はほぼ不可能
なんなら蕎麦と麦飯ばっか食ってた地域もあるし
玄米だけで特定のビタミン以外の栄養はだいたい賄えるからな
ミイラ(粉末状?)が高級な薬として食ってたと聞いたときは衝撃だったな
最初、そんなわけないやろーだった
>>1 士農工商もなかったっていうしどこまで信用できるのか
じゃあ街の食堂でも、鉢みたいな丼に白米をよそったのがドーンと出てきたんかね
まあ江戸時代は握り寿司も大きかったっていうが
ゲロ吐くくらい手作業で農業やってたら米2合もペロリやろ
>>70 こういうジャップの歴史のデータってどれくらい信憑性あるの?
知ってた
米と漬物だけでたんぱく質ほぼゼロ
しかし江戸は白米ばかりで脚気流行ってたとどこかで読んだが
家庭菜園してるけどきちんと収穫できるか博打すぎて
昔の人って本当に食べるものに苦労しただろうなと思うわ
それで飛脚とかキチガイみたいな距離走るんだろ
現代人は怠け者だらけで恥ずかしい
>>49>>55
そんな簡単に定着なんてしないよ
オセアニア先住民特有で日本人は持って無い
>>99 人骨から取ったデータだからサンプルが偏って無い限り正しいけど
>>99 骨がどういう社会的立場の人だったかで左右されそう
戦国時代は大柄になって江戸時代は小柄だった説もあるよ
>>89 >>1見ろよ,どう見ても何もかも足りて無い
こんだけ食ってても、太ってるイメージないだろ農民は?
運動量が違うんだよ
>>89 古代と近世じゃ人口が全然違うから喰ってる物が違う
18世紀は5世紀の20倍くらいおる
健康によさそうだから玄米食ってるけどボソボソしてるから白米の方が食べたくなる
鬼平犯科帳みてるといいもの食ってるけど
あれは今でいう港区女子みたいなものか
>>89 農業始めると労働時間が激増する上に肉、イモ、ナッツ、果物みたいな栄養ある物が食えなくなる
ハラリの言葉だと「小麦の奴隷」
魚ってそんなに高かったのか?
海でも川でもいまよりたくさん居たと思うが
>>106 最近でもフルーツしか食べてない日本人の大便から
果糖からタンパク質作る細菌が大量に見つかった
という事例があったし
今より土が多い野菜食べて土埃家に入る環境だったから
玄米ばっか食べてたらそれに特化した細菌ばかりになるよ
現代人も似た環境で玄米ばかり何年かやれば
同じになれるよ
>>127 冷蔵も大量物流もないから塩漬けか干物にして運ぶしかない
漁村なら嫌というほど魚食ってただろ
食べやすいように1貫を2等分したからにぎり2つで1貫だったけど
最近のはシャリも小さくなったよなぁ
小僧寿しのせいか?
https://i.imgur.com/pRFYtA7.jpg >>1 幕末には
徳川慶喜、あだ名は豚一、好物は豚肉
新撰組の屯所でも豚を飼育していた
結論、ビタミン不足は死ぬ
常識だろ
江戸では肉が原則禁止だからな
また機械なんかないから肉体労働ばかりだ
今比較するなら二郎系ラーメンだろ
将来は日本もこうなるよ
肉魚は中国人様に献上して
中国人様から野菜を貰って漬物にして食うようになる
江戸時代の庶民だと一番マシなもん食ってたのは上方の連中
次に江戸の町人、そんで各種城下町やらで各種百姓続いて大体最もヤバいのが漁村
糖質が古い日本の労働を支えてるって言っても
なぜか否定始めるやつ多いよなあ
>>116 平安時代とか超重税と餓死で平均寿命縄文時代と変わらんしな
>>83 冷蔵庫ないんだから漬物と干物以外はないぞ☺
>>54 これ農民じゃなくてお武家様とかの食事だよなどう見ても
オラの村では鶏肉・イノシシ肉・うさぎ肉が普通に出てたよって
ばっちゃばっちゃから聞いた話だって言ってた
>>84 みぞおち当たりの筋肉が人の形に見える
昔の人はゲルググ搭載してたのか
この前立ってたスレでは
江戸時代の豆腐はむっちゃ高かったとかいってたぞ
>>144 いや農家わそれなりにマシな物食ってた
人口の大半を占めた奴婢や農奴わ悲惨な食事
>>144 米本位制で漁民がどうやって生活してたのか未だによくわからん
武蔵の国に住む、貧困男性の今日の朝食
パックご飯、納豆、目玉焼き、紅茶
あんまり変わらないな🤭
>>72 そもそも農民はまともに米も食えてないからな
こんなの、江戸の中流以上だ
住む場所と属性で全て変わるよね
百姓は昭和初期まで粟飯稗飯が当たり前で玄米10割の飯なんてめったに見ることさえできなかっただろ
>>153 江戸は幕府が価格統制してたから庶民も買えた
逆に他の都市は高かったんだろうな
江戸時代前半は昼に食べる習慣がなかったみたいなんで
朝夕でドカ食いしてたみたいだな。
一日で五合食べてたって言うし。
夕飯って言っても5時くらいには食べ始めて
8時にはもう寝たんじゃないかと思う。
灯りの油とかもったいないだろうし。
>>80 田んぼの作業なんてたかが知れてる
近くに海や川あって魚もいるのに何で釣って食べないの?
>>163 免疫系を誘発って
入りから意味不明じゃんw
>>156 石高も日本人らしく粗雑でお粗末な毎年固定の割当制だから
大体何となく石高換算でこんなもんとして年貢割当
商売わ銭銀金だし
>>166 日の入りと共に寝るから深夜に起きちゃって
そこで夜這いとかしてたらしいな
>>166 超健全じゃん、
ガキも産み放題!!
少子化?何それ!!?
>>88 腐りかけのたくわんが日常とかあったな、日記に
遊女は恵まれてたとか本当に一握りのダユウだけだ
貧乏・円安で 輸入も大変だから、日本は江戸時代に戻るべきなんだろうな
江戸時代は電気・ガスすら無い。資源が無い日本なら、省エネ生活は必須
食生活も 米を食うべき。減反とかアホか?・・・という感じ
1ポンド=450g分のパン並べてもこうも悲惨な絵にはならないのにな
下級武士と農民の食事だよな。
豪農や富商は良いもん食ってるぞ。
今と同じだな。
>>132 成ら無いよ現実は
>>84 タンパク質産生する細菌を保菌してる人って以と全然恰幅良いし
漬物干物はいいとして
そこにさらに塩を足す必要あるか?
いくら肉体労働メインだとしても過剰だろ
>>175 うん
膳がある時点で豪農から武士階級だ
>>148 >>149 私達が経験して居る事は聖書的である
https://ameblo.jp/horehore-oo7/entry-12759806047.html https://stat.ameba.jp/user_images/20220820/02/horehore-oo7/47/b1/p/o0677037615163015023.png 世界権力の最前線を長年に渡って取材してきた結果、一神教の信仰は、神を信じない人々のグループによって支配されて居る事が明らかになった。
その代わり、これらの一族は一神教を自分達の臣民を支配するための道具として考えている。
この人達は、権力の喪失に直面している人達です。
だから、一神教的な考え方をする人達は、私達が終末を迎えていると考えているのです。
これは、私がアジアの秘密結社を代表してイタリアに行き、これらの一族の代表と交渉した時に、身を以って知った事です。
彼らは『神はいない、我々が神だ』と、言いました。
この一族は、歴史書にヒクソス族として初めて登場する、奴隷商人の古代カルト集団の出身である。
彼らは、フォーク状の尾を持つヤギの顔をした神を崇拝しており、それは私達が、セトやサタン等と呼ぶものです。
https://stat.ameba.jp/user_images/20220820/22/horehore-oo7/53/87/j/o0608045615163397627.jpg この民族の起源は、人類が狩猟採集民を止めて、牧畜民か農耕民になった古代中東に遡ります。
考古学的な証拠によると、農耕が始まった後、中東の人間の人口が大幅に増加した事が分かっている。
しかし、これらの人々は狩猟採集民の祖先に比べれば小さく、栄養失調に陥っていた。
しかし、ミルクと肉を主食とする牧畜民は、農耕民に比べて力強い体格をしていた。
彼らは、農耕民を、あたかも多くの羊や牛の様に扱う方法を、長い年月をかけて考え出した。
この人々は、歴史の教科書にヒクソス族として登場し、紀元前1638年~紀元前1530年迄、エジプトを短期間支配した。
https://stat.ameba.jp/user_images/20220820/22/horehore-oo7/ed/5c/j/o1118068815163401671.jpg エジプト人が、彼らを追い出した時、彼らは多くの奴隷を連れて行った。
これが今日、私達が知っているユダヤ人である。
…
主は、その名を無闇に唱える者を罰せられないで置かないからである。
だから、何世代にも渡って罰を与え続ける嫉妬深い 『神』は、似顔絵を作る事を望まない。
恐らく、それは人々が「神」の振りをした人間である事を見破るからでしょう。
そして、存在する全てのものを創造した「神」は、次の様なものを欲しがって居た事に気付く。
「金、銀、青銅、紫、緋の糸、亜麻布、ヤギの毛」
赤く染めた雄羊の皮と、タハシの皮、アカシアの木、灯火用の油、油注ぎと香りの為の香料、エフォドと胸当てに付けるオニキス石と、その他の宝石等である。
出エジプト記25:3-7
ここでも、太陽を含む宇宙の創造主が、ランプの油やヤギの毛等を必要としないと思うでしょう。
言い換えれば、聖書のこの部分は、隠された人々が神の振りをし、反体制者に対して何世代にも渡る渡る殺人キャンペーンで支配を強化するシステムを使ったヘブライ人の奴隷化について記述しているのです。
数千年に渡る歴史を早送りしてみると「本の民」は余りにも長い間奴隷として扱われて来た為、最早、自分達が奴隷であると云う自覚さえ無い事が判る。
一神教を支配する一族と交渉し、打倒する為に何年も戦った末に、私は自分達が、ヒクソス王国のファラオの子孫を相手にしていると結論付けたのである。
フリーメイソンの神殿 // 偽ユダヤと偶像崇拝 (R$E)
https://youtu.be/YLCGgJUOROo >――ちなみにこの食事を食べていたのは、江戸時代の中でも『尾張国の春日井郡に住む、
>貧困ではない自作農の20歳程度の長男の朝食もしくは夕食』を想定しつつ、
>アレンジを多めに加えました」ということでした。かなり限定的なんですね
>
>「江戸時代は、現代のような全国流通網がなかったことと、貧富・身分の差がかなり激しかったので、
>全国で同じようなものを食べるということはありませんでした。
>どちらかといえば、地元のありあわせのもので米を食べるというのが主流で、
>例えば海沿いだと米の中にイワシが混ざっているとか、大根の葉っぱを混ぜるとか。
>
>今回も、本当は麦入りの大根葉の混ぜご飯にしたかったんですが、
>あれ玄米と混ぜるとめちゃくちゃ美味しくないんでやめちゃいました(笑)。
>投稿を見た知り合いからは、『三河吉田藩下級藩士の夕飯的な雰囲気』と言われて、
>たしかにそっちの方がリアリティとしてはあったのかなあと」
地域によってだいぶ変わるみたいね
機械化されて無い社会の肉体労働者の運動量なら余裕で必要だろうな
>>81 消渇つう病名で知られておりました(>_<)
現代のヒョロガリオカマ野郎には絶対食えない食事だな
肉も魚も食えないから大量の玄米を塩辛いものでむりやり掻き込むっていう、食事としては下の下に位置する奇形の類だよなこれ
昔から気持ち悪いと思ってたわ
この頃は一日二食だったんだよな
現代では三食をキッチリ食えなんて言うけどそんな習慣はつい最近
>>189 たしかに
塩は欲しいままに食うと体に悪いのを今は知っているから抑えてる感ある
害が無いならもっと食いたい
>>188 確かに金山寺味噌みたいなのがあるな
あの頃から三河は味噌は食べてたのか?
https://i.imgur.com/0RnqGKB.jpg >――塩分量がかなり多そうですが……
>
>「当時は、塩っぱいもので米を食べるのが主流で、毎日同じような塩分過多な献立を作ってたようです。
>これはマズいということで、戦後日本で行政中心に“減塩運動”が行われ、今のような食事になっていきました。
>一汁三菜を用意して、毎日違う献立で料理を作るようになったのは、実は日本が豊かになり、メディアが発達した1950年頃からと言われています」
今みたいなご飯は意外と歴史が浅かった
玄米でほぼ全ての栄養摂る感じか
これが白米に変わったらそりゃあ栄養不足の江戸患いになるわな
>>145 糖質しかなかったからそうせざるを得なかっただけでタンパク質と脂質があればもっと支えられただろ
また江戸時代は魚介類なんて全然食ってないクンが出没してんな
>>205 このスレはいろんな世界線の人がいて面白い
玄米 栄誉バランス良し まずーい
白米 ビタミン不足脚気 うまー
胚芽米 栄誉バランス良し まずくない
胚芽米が天下を取れなかった理由
江戸時代の下級侍のリアルなグルメ日記読んでると
なぜか豆腐ばかり食べてたな
>>182 竹竿と糸と針があればいい
エサは岩の裏にいる川虫、海なら岩に張り付いてるフジツボでいい
大正生まれの爺さんは釣り大好きで仕事そっちのけで釣りばかりしてたわ
塩が変っていうけど「ごま塩」は今でも売ってるからな
>>214 塩は汗で出てくから甘く感じるうちは摂らないと
江戸は燃料の問題で炊くのに時間かかる玄米より白米を食ってた
木を伐採しすぎて禿山が問題化してた
ここまでのコメの神格化おもろいよな
田舎の方が他の穀物で栄養摂れてるという
江戸時代でも商人とかの階級がそこそこ上の人間が食べてたようなやつだよな
農家はヤバそう
今の玄米は普通に美味くて毎日食っても全然嫌だと思わないが
江戸時代の玄米は糠臭くてめちゃくちゃ不味かっただろうな
煮物や茹で野菜はもっと出ていた
なんせ江戸時代は隅田川から外は畑しかない耕作地だったから野菜は物凄く取れた
石高制なんだからこんなに米が流通するわけが無いわ
タンパク質が足りないな
肉が欲しくなるけど玄米の栄養でなんとか持ってたんだろうな
>>103 モンゴル人って生肉を食べたがる
火通してないものを
7分30~
#貴闘力 #貴闘力部屋 #貴闘力チャンネル
【問題発言】朝青龍 問題行動の原因とは?根深い外国人力士問題の根底を究明!やはり相撲協会が!?
https://youtu.be/FIGo3-6y67Q 【衝撃】朝青龍のスーパーダッシュ 力士の筋肉
https://youtu.be/xpl4DdvdL7c >>60 大昔は痛風からの合併症で死亡のパターンが多い
>>228 小麦や大麦を栽培していれば飢餓までいかずに済んだような地域でも稲作やって倒れてたりするしなあ…
>>238 水利で血が流れるような社会なのに
釣り場がオールフリーだとでも思うか?
タンパク質どうしてたんだ
そもそもタンパク質とか知らない時代か
糖尿病に米関係ないよな
やっぱ戦後増大した油脂が原因だ
インド料理店でビリヤニ頼むとこれくらいの量出てきて残しちゃうからこんな量玄米食うとか無理。顎疲れそうだし。
今とは海岸線の近さも水の綺麗さも比べ物にならないのに魚介類食べてなかった訳ないじゃん
現代では大量に湧いてるけどとても食べられないボラやコノシロでさえ当時はうまかったと思うよ
これ教科書に載ってた画像だぞ
何自分が作ったように見せて書いてんだ?
チョンモメンのごはんよりはかなり豪華だね
江戸時代はネトウヨかい?w
>>60 平均年齢の50代というのは嬰児の死亡も込みなので
子供のうちに死んで行く連中が平均寿命を大きく下げる一方で
成人できた奴は6070くらいまでは普通に生きてる
>>247 たしかに漁村そのものは比較的恵まれてたであろうとはいえ、
歩いて家まで帰るのにどのくらいかかるか考えてみればいい、今とは全く違う
天候にも大きく左右される
>>27 米が完全栄養食とか抜かすカルト池沼脚気も知らないバカが賢くなれてよかった
>>244 タンパク質は米から取れる
1日5合も食ってたら十分
>>235 冷やして保存と言う方法が無かった
干物にして保存するしかなかった
輸送手段も貧弱だった
造船技術も貧弱だったから大型船での漁業などはなく小舟で各自が漁をするだけだった為供給量が少なかった
よって特に海の魚は貴重品だった
食べても川魚だった
>>147 野菜くらいあるだろ
野菜とか冷暗所に置いとけば2ヶ月くらい持つし
>>70 もしかして、岡くんみたいなチビって江戸時代末期からタイムトラベルして来たんじゃないのかw
>>245 この時代の人は肉体労働と徒歩でめちゃくちゃカロリー消費してたからなあ
>>1 日本人が原始時代とかその辺から数えきれない人々の挑戦や経験を経て
やっと辿り着いた食事だからな
正解に決まってるわ
干物だって酸化が進んでひねた匂いのするアンモニア臭いような代物が平気で流通していただろうしなあ…
>>227 明治以前って燃料のほぼ全てを木に頼ってたから日本中が禿山なんだよね
禿山だらけで土砂災害起きまくるんで留山って言う伐採禁止の山をそこら中に作ってた
破ったら死罪
今はこんな所人が住んだ事ないだろって山奥でも人の手が入ってた
現代に生きてるのに金なさすぎてタンパク質取れてねーな
安くてタンパク質豊富な食い物ないのかよ
>>256 乾物以外は物流が絶望的だから
海と山で食い物の偏りが酷かったんだろうな
めっちゃちゃんとしたウンチモリモリ出してそうで羨ましい
まさかこのスレに玄米2合も食えない軟弱者がいるんじゃあるまいな
明暦の大火の時にたくさんの家が焼けて、
その復興で肉体労働が増えて、
流石に職人たちは一日二食じゃ持たなくなって、
どっかのお寺が弁当始めたんだよね。
段々、昼に食べる習慣が出来てきた。
油も安いものが出始めて夜更かしも多くなり、
更に地下水を汲み上げる画期的な技術も大阪から伝わって、結果、銭湯も急増して健康寿命が延びて
江戸の街の人口が世界一になった。
>>276 ちょっと前なら鶏ささみが良かったけど貧困筋肉だるまに買い漁られて無事高騰した
>>258 豆って米に比べると収量少ないし贅沢品だったんじゃね
>>217 栄養豊富なコメをわざわざ脱穀して栄養価削ぎ落として白米にして食ってるの人類の限界感あるよな
人間は旨味成分には勝てないのかと
>>282 日本は牛乳も卵も全く輸入してないと思うがな
飼料が足りなくて家畜も飼えないって意味か?
>>204 もしあったら やってたんだーーー!!!!!!!!
ってなんの反論にもなってないやん
思考がふっとんでるだろ
>>169 1960年代に近代化されるまでは米は今の3倍くらい高かった
化学肥料も農薬も耕運機も刈り取り機も乾燥機もなくトラックさえほとんどなかったからな
江戸の街に住む庶民の食事だろ
他の地域や武士や公家とかは何食ってたんだ
日本の米は海外の米と違ってタンパク質も取れたんだよ
お前らは少し江戸時代の米について勉強した方がいい
だからムキムキのサムライが多かったんだ
そうじゃなきゃ薩摩はイギリスと互角に戦えないだろ
>>289 むしろシャケなんて食えなくなるよな
燃料や鉄道網も役立たずで物流どうするんだよ
>>280 >>281 雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
鰻も今のような調理法が確率されたのが江戸中期ぐらいでそれまでは精がつくが不味かったので肉体労働者ぐらいしか食ってなかったらしい
>>201 教科書に載るようなのはその文化が生まれた最新の情報で庶民に普及するのは数百年後とかだろ
大多数の庶民にとっては精米すらここ100年弱の歴史じゃないか?
洋食の普及になると高度経済成長期以降だろう
今でも60代70代はやたら洋食に憧れてるしな
多摩川の河口、羽田も貝の宝庫ですよ
米も高くは無かったと以前祖母が言ってました
>>287 「慣れ」 の問題かも
もう1年くらい玄米を食べてるけど、今は玄米でないと満足できない。
「噛み応え」 が一番大きい
栄養価が高いことが分かっているためか、健康面でも安心感を得られる。
簡単なおかずが多いけど、玄米食だからか体調もいいし
待て待て待て。
西丸震哉の一升飯とメザシの実験も知らんで米のタンパク質を語っているのか?( ˊᵕˋ ;)
尾張の農民ならまあこんなもんだろ
江戸っ子はもっといいもの食べてたよ
>>282 さつまいもは病気で死にまくってるから
この画像からさつまいもも消さなきゃ
>>247 江戸時代ではシーバスやらチヌも普通に美味しいかったんだろうな
機能の昼、お買い物に行ったら
食料品が全部3割値上げしていて卒倒しそうになりましたわ
もう、江戸時代の食事に近くなってきている
鮮魚街道ってのが松戸から20kmほど先の利根川の岸辺の町まで伸びてる
銚子から魚積んだ船で利根川を遡って我孫子の手前くらいで一度荷物を陸に上げ、馬や荷車に積み替えて松戸の江戸川岸まで持ってきて、そこから江戸川下って江戸まで一日ちょいかけて持ってきてたそうだ
それくらい魚は簡単には腐らんのよ 年中真夏でもあるまいしね
今朝の朝食
・4枚切りトースト1枚
・ソーセージ5本
・レタスサラダ
>>310 同じ日本人でも
味覚はかなり変化してるよね
大トロや中トロはねこまたぎと言われ
捨てられていた。
https://i.imgur.com/HNSAlF5.jpg >>289 今も円安や原油高上昇で飼料が買えないと畜産農家が悲鳴をあげてる
>>319 と、言われてるけど実際はねぎま鍋にして食ってたんだよな
池波正太郎の描く江戸の飯はほとんど嘘なんだろうけど
米しか食わない、あらゆる食べ物は贅沢品ってのはとても信じられないな
漁もしてたろうし野菜も栽培してたよな
江戸と地方都市ではそりゃ違うだろうけど何が正しいのか全くわからん
江戸時代は地獄、農民は極貧で最低の生活派と、以外に楽しんでた説あってもうわからん
>>1 歴史の先生?
ご飯や汁物の配置もわからんのか...
肉食を忌避してたのが1番愚か
気にせず獣狩って食ってた人はどのくらいの割合だったのかな
玄米2合って一食で食ってたのか
1日玄米6合ってマジならそりゃ肉体酷使できる
腹持ち半端ないから
源平の戦いのとき、源氏が優勢だった理由の一つは肉を食いまくってたからってのを見たことがある
よって寺門ジモンは源氏
銚子で取れる魚は青魚がメインだから足は早いぞ
今の基準ならコレヤバいって奴を臭みを我慢して食べてるレベル
田舎では普通に肉食してたって話だけどな
土地が無いから畜産は全く捗らないので文化として育たなかっただけで
・ 武士階級の役職付きの例
「2勤1休、四つ上がり・八つ下がり」=2日働いて1日休み、10時出勤、14時退勤、昼休み1時間。
明治時代になっても官庁の役人には、この習慣を続けた人がいたそうです。
・ 江戸時代の商人や職人の多くは、毎月1日、15日、25日を休日としたそうです。5節句も休みだった地域もありました。
また、同業種などで決めた定休日や行事休みがありました。大工や左官などの職人は雨だと休んだようです。
職人さんは、朝7時から夕5時まで。
午前、昼、午後と休みがあり、8時間くらい働いたという記録があります。忙しい時は、手当もあったとか。
江戸の大工さんは、午前に1時間、昼に1、2時間休憩。そして昼過ぎには仕事を止めたなんて話も。
>>319 取り立てをしっかり血抜きして捌いて新鮮なまま届ける技術がねえからな
冷凍保存もせず冷蔵保存もせずエンジンもない船で運び
陸について運搬してようやく売られる
生臭い古い脂の切り身の完成だ
玄米だと糖質の密度高くないからたくさん食べても良い
ビタミンミネラルもあるし
肝臓で糖→タンパク生成だし
言い始めたら玄米の虜
魚は流通の問題で手に入りづらい
野菜は耕作地の問題で穀物が優先されただろう
ハレの日なんかは手に入れるんだろうが普段の生活の中で副食を揃えて食を"楽しむ"ことになると大分後年になるだろうね
10人産んで何人成人まで生き残れるかが当たり前の生活だぞ
いずれも飽食キッズの我々には考え難い事だが
>>288 週の労働時間を一瞬で矛盾させるのやめろ
>>321 ねぎま鍋はトロの脂を出汁にする鍋じゃなかったっけ
焼肉の牛脂と同じ扱いよ
これ農村地区だろ
けどジャップは全国民もうすぐこれになりそうだな魚たけーし
川や海も細かく請け負い商人の縄張りになってた区域が多くて、勝手に漁なんか出来なかったろ。
>>330 平氏であらばずんば人にあらずとか宣ってたくせに何言ってんの?w
玄米炊いて食った事あるやついたらわかると思うけどあれたくさん噛まないと飲み込みづらいんだよな
白米が如何に食いやすく加工されてるかがよくわかる
タンパク質を米からとろうとしたらこれぐらい食わないといけないんだな。
いまの基準ならこれでも足らないだろうけど
>>288 これくらいが日本人と思ってる奴に負けたのかw
>>316 獣肉は特に四つ足と呼ばれ忌み嫌われてたかからな
牛馬は多く飼われたが食べられることはなかった
こっそり桜や紅葉、ボタンとか呼んで食べることもあったようだが
>>331 鰯とか傷むの早すぎてどうにもならんから金肥にしてたしな
>>343 身も食べてたよ
臭えから醤油みりん味でネギと一緒に鍋にしてたわけだ
海辺は当然魚食ってたろうし内陸部でも川魚、干物や身欠きニシン、棒鱈はメジャーなタンパク源だったんじゃ無いかな
死ぬほど歩くしひたすら農作業だもんな
ドカ食いもやむなしって感じ
>>36 精米を食ってたのは金持ちだけ
江戸患いはここから来ている
ウサギの耳に見えるコレは翼だから!これ鳥だから食っていいでしょ!
卵かふりかけかけて食べてるだけの現代の貧困層よりいい感じだな
>>1 ネトウヨ系まとめサイトだとこれ絶賛されるやつだよ
「美味そうじゃないか」「理想の朝食だ」とかそんな感じ
>>323 現代でも途上国では都市部には外資のレストランがいくつもあるがスラム民は一日食い繋ぐことで精一杯だろ
そして後者の食事は後世に記録としてまず残らない
>>1 玄米ならビタミンD摂取できるから脚気にはならんな
>>291 日本橋から歩いて30分の隅田川の河口であさりを始めとした貝類大漁 浅草の裏手で取れるしじみも名物だった時代だから浦安まで行かなくてもいいのさ
>>73 獣肉は大名とかそういう人が隠れて薬食いって名目で猪は牡丹で牛は白牡丹黒牡丹って隠語使って食べてたって話を聞いたけどな
庶民は明治に入ってから西洋文化流入と共に徐々に食べられるようになったって
>>15 精米したらダメだが玄米なら大丈夫
玄米より麦飯の方が当時に近いと思うけどさ
お前達ゆとりが勉強しなくて貧しいのは当たり前やろ?
>>358 だからそれ牛脂と同じ扱いでしょ
スーパーでタダで配ってて、まあ毒ではないけれども口にするのは外道
まあジャガイモもサツマイモもまだ栽培されてなかったろうし
米と麦と豆、あと大根とその辺の草食ってたんだろうな
たまに魚、肉も食えたかもだが
昔は玄米ってイメージが定着してるけど
燃料が薪の時代に玄米の炊飯って厳しいだろ
分づき米くらいだったんじゃないの?
>>323 静岡の山奥では昭和30年代くらいでも住人全員栄養失調気味、特にタンパク質欠乏ってな健康診断結果があるな
みんな一汁で月に何回か魚が出る日があるくらいな食生活
福島の山奥の炭焼き集落では雑穀やかて飯が日常で集落内では戸数制限と人数制限をそれぞれ厳しく決めていてそれを超過する人間は出るか代わりに…
集落内の掟としては、各家は食糧をしまう庫は母家から離して建てる、また倉とは別の離れた場所に一年分の雑穀を保存する事と厳しく決められてたと
目の前の人間は何とか水面ギリギリで生かしておく事は出来るけど、食い扶持が増えたり火災や災害で備蓄が損なわれた瞬間からサバイバルモードに入るくらいギリギリな生活だな、山奥の集落は
サッカーややきうの漫画で日本1になるってあるけど勉強でもしている
江戸時代が正しいみたいに言ってた連中はこういう食生活してんのかな
>>381 「ねぎま鍋」は、まぐろとねぎを醤油で調理した、江戸発祥の庶民の味。現代ではトロと呼ばれる油の多い腹身は、江戸時代、お客には出せない下品(げぼん)の料理であった。赤味の部分は醤油につけてヅケにして寿司などで供されたが、トロなどの脂身の部分は痛みも速く保存に適さないため、冷蔵庫など保存方法のない当時は、加熱で調理することが多かった。そこでこの脂身を食べる工夫として、ねぎと醤油で一緒に火を通したことから「小鍋たて」の「ねぎま鍋」が誕生したと言われる。
江戸時代には、傷みやすく保存が効かないために安価で手に入った脂身を使って作られたねぎま鍋であるが、現代では脂身の方が高価になり、本来のねぎま鍋は作りにくくなっている。江戸時代には、醤油やみりんなどを使いすき焼き風に食べていたが、現代では出汁を効かせたねぎま鍋も作られるようになった。
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/34_26_tokyo.html 普通に具材として食べてたから牛脂と同じような扱いではないよ
>>70 江戸時代が低いんだよな
農民は収穫の7-8割を年貢に取られるって見た
幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版 (ちくま文庫)
これ読むと武士だけじゃなく庶民ももっといろんなもの食べてるよ
仏教のせいで肉を食えないから本当に貧相な食事になるんよなあ
江戸が正しいってのは小泉や安倍やろ
不平等条約結ばれる無能が
>>188 要するに上位20~30%辺りの食事だよね
かなり恵まれてる層
江戸時代の庶民は一日三万歩は歩いてたと言われてるしこれくらい食わなきゃ足りんかったのかな
冷蔵庫も何もない時代なんだからこんなもんじゃない?
肉は江戸でもももんじやが数多くあった位実は食われてた
江戸中後期には日本中でかなり食ってたと思われる
最近は少なくなったけど少し前は田舎に行くと雀の丸焼きとか売ってるのよく見たな
カップラーメンしか食ってない現代人よりいいもん食ってんな
深川めしとかも昔からあったんだろ?
当時は江戸前の海の魚貝は新鮮で高級だったんだろうな
燃料ないから薪が貴重品よな
お風呂もほとんど入れなかっただろ
>>282 こんなん言うけど外国産の野菜とかスーパーで見るか?
野菜とか加工のやつ以外はほぼほぼ自前で生産できてるんちゃうの
>>392 「単身赴任」からして住環境がレアなんだよ。都市人口は今よりずっと比率が小さかった
ほとんどの人は都鄙でいうところの鄙、田舎暮らし
捨ててたとかタダってのはよほど鮮度の落ちたマグロの大トロの一部とかそんなんで食べはしてたんだよ安価であったのは事実だけど
昔の正肉とハラミとかのホルモン類、牛すじなんかと同じような感じだろう
沢庵和尚とか鎌倉やなかったっけ
たくあんは昔から美味しそうやなw
昭和ですら腹一杯銀シャリが食えるから軍隊に入るって価値観だからな
作業は全て人力
移動は全て徒歩
人口の90%近く農民
生産性が低く飢餓水準ぎりぎりの社会
乳児死亡率が50%、母体死亡率も10%に達する
人口ピラミッドが綺麗な3角形で、病気や怪我は治す方法がなく
どんどん死ぬ社会
老人がほとんどいない
>>414 仕掛人の役者の配置にはいつも感心させられるわ
ちなみに江戸市中住まいの非武士階級で3代続くこと自体が幸運で、ほとんどの家庭はそれまでに一家全滅する
それくらい劣悪で脆弱な社会だったよ
>>84 凄えなこれ
肋骨浮き出てんのに不健康そうでも無くエネルギーを感じるって
縄文人はあまり農耕せずに、栗とかトチの実とか
とにかく木をいっぱい植えてラクしようとしてたんだよな
けど玄米2合って控えめに言って地獄じゃね
あんなの臭くて食えたもんやないよ
>>163 世界最長寿の長野県民は多分日本でいちばん虫食ってるけど
子供の死亡率が激高だから平均出しても意味ねーんだよ
>>419 人殺し一家が3代人殺しの仕事にありつけなければ滅んで当たり前。
戦争で人を殺して歩合給を稼ぐ仕事だぜ?
1日二食とか聞いたけどな
現代人は食べ過ぎだよ
だから病気になる
>>424 そりゃあ今より気温が高かったから
木から落ちてくるものと海の幸で良かった南国思想の時代だし
和食がなぜ健康食と言われるの理解できない
ただの栄養失調食
>>428 いわゆる町人だよ
「江戸は地方の新鮮な血液を常に必要としていたいわば吸血都市だった」
と書かれるくらい
日本人の寿命が延びたのは戦後肉を食うようになったから
肉こそ長寿食
>>410 上杉鷹山が米沢藩主になったぐらいの頃の米沢藩の年貢は七公三民だったので逃げ出す農民も多かったのだとか
こんなので栄養バランス取れんの?
せめて塩じゃなくてごま塩にしろよ
白菜は明治時代に伝来したということを最近知った
「奈良時代からあります」みたいな伝統野菜ヅラしてるのに
もっと貧相な食事かと思ったが案外量あるな・・・まあおかず的には貧相だが
とりあえず塩さえあればなんとでもなるということは理解った
冷蔵庫がいかに画期的だったか
塩がいかに貴重品だったかわかるね
>>427 乳幼児期に死亡した個体除いた数字だよ
その平均寿命が↓40歳
到底文明社会などと呼べない邪悪な社会
>>444 聖徳太子が広めたって言われても信じそうだものな
昔の人の食事や医療って当時は良いと思われてただけで当然科学的根拠はないからな
栄養クソ偏ったせいで病気になったり、その治し方も間違っててそのまま死んだりとかしょっちゅうあった
>>6 コカイン
満腹になった後にキメると凄いらしい
>>457 おせち料理に煮物が入ってるのを見ると多分贅沢品
毎日こんなもんくってよく死にたくならねーな
絶対無理だわ
>>406 畜産の食い物のトウモロコシとか様々な飼料のかなりの分が輸入であるので
畜産を諦めて野菜・穀物食のみになるか
家畜に食わせる飼料を自活して畜産を維持するかの2択になる
一般的な認識では肉が食えなくなるだけでは終わらず卵も牛乳も無くなるので畜産を諦めてしまったほうが破綻しやすいと思う
>>16 植物性たんぱくは米にも小麦にも含まれてる
アミノ酸スコアは低めだけど
これを質素と言うなら中世は世界中どこでも庶民は質素でしょ
パンとスープとジャガイモとかね
今の日本庶民の暮らしより豪華やん
ワイなんて昨日カップ麺しか食べとらんわ
>>436 ほんとに栄養失調なら滅んでるよ
ちゃんと栄養取れてるから続いてる
「人間に必要な栄養素」って
どういう意味で必要なんかな
一応こんな飯でも50年間は生きたわけだ
車も自転車もなかったから、移動は全部歩きだもんな
これぐらいコメ食わないと馬力出ないよ
玄米を田舎の食い物としてバカにしながら栄養を捨てまくった白米食って
イキりまくって脚気になって死んでいった江戸の連中のアホらしさよ
栄養学の根拠なんてなくても経験則でとっとと気づけよ
>>480 生野菜の酵素がーとか言われてるけど
食卓にでることはなかった気がする。いつぐらいから
サラダとかでるようになったんだろ?
しいたけ
>>475 そんな感じで先週、開店直後のダイソーの前にあるベンチに腰掛けて
パックご飯に納豆のせて食べてるお母さんと小さな子供を見ました。
日本は本当にもうヤバいんだなと泣いたよ、マジで。本当に泣いた。
>>484 戦後水洗トイレが普及してから
それまでは人糞を畑の肥料にしてたから寄生虫が多かった
と聞いた事ある
>>484 戦後だよ
GHQが人糞を肥料にするの禁止にして化学肥料使うようにさせたから
この玄米が白米になっただけで脚気大流行だからな
バランス感覚0の食事
身長はどうかな?
椅子が普及した
朝鮮王の天皇の臣民が
天皇が統治する日本に住んで日本人名を名乗っていいとなって
高身長のタタール人?の朝鮮人が日本人として日本に住み始め混血が進んだ
>>484 子供の頃で言うならほうれん草のお浸しや大根の葉っぱはもりもり食ってたぞ
>>489 そうなんですね。小学生のころ牛糞の固まったやつ肥料でやってた
気がするw
江戸時代の食事は塩分をおかずにひたすら米食ってた
ようなもんだな
>>495 いいよいいよ。気にしてません。
生野菜サラダって小さいころ食べてなかった
気がしたものでして
>>494 牛糞馬糞は今でも一般的に使われているけどな
人糞使ってないだけで
ある地域の墓をみたら
赤ちゃんや子供が数歳で死にまくってた
オデの生まれた地域じゃまずないほどの死亡率
多分人口が集中していた
藩の力が強かった
人糞農業が行われていた行政が強かった地域が駄目だった感じ
田舎からみたら異世界だよ
>>5 JINはこういう飯だったよ
もっとおかずが質素だったけど
>>474 鎖国してたじゃんw
そもそも食料自給率はほぼ100%だったハズ
3秒ルール
誰か落としてるモノとか食わない
自分が落としたものはばっちくないから食いたいけど
人が見てると落としたもの食ってるように見えるから
落としても3秒なら許してねという意味であるw
どうせなら栄養素計算もしてくれればもっと盛り上がるのに。
昭和に尺貫の度量衡が変わって昔の一合より大きくなったはず
>>500 良い趣味してんじゃん。僕もだよ。
墓場で墓見て、飢饉や疫病があったんだなとかわかる。
みんな百姓だからバクバク食った、そうさ食ったさ
みたいな書き込み多いけど
農家って繁閑激しいと思うぞ
たとえば米とか、5月に田植えしたら稲刈りまでほったらかす
植える 収穫する 耕す のローテで
百姓仕事でそんなに毎日忙しいことはなかったと推測
現代より動く生活だし玄米はBI値が高いので糖尿になりにくい
なにより米だけで成人男性の1日のカロリーを摂取するのはやってみたら分かるけどメチャクチャ大変
脂質も少ないし基本的に低カロリーな生活なのだ
江戸に近く幕府の力も及び
って地域は白米だったのかな?
不思議すぎる赤ちゃん子供の死亡率
>>475 俺は牛乳とプロテインバーだけの時も多いが150円くらいだしこんなんより全然栄養摂れる
頭使え無能
こんなもんしか食ってなかったから蔓延栄養失調でチビで短命民族だった
しかしてアイスを落とすと砂がついている
3秒では取れないってかぐぬぬ
ぐぬぬ!
>>512 売り物の米以外も沢山作って食ってた訳だろ
まあ忙しいと思うぞ
明治開花以降にそく洋食が広まったのも分かるね
インドとか全然洋食なくてベジだらけだけど元々が良かったから
洋食化しなかったのだろう
>>518 ちびデブで高血圧の俺
看護師さんに孤独死ですねーって
毎回言われる始末
昔の農家が楽なわけねえだろw
品種改良も進んでないし農薬もないし機械もない
とんでもない重労働だった
>>83 これ何歳くらいやろ
50とかだったら凄いよな
鎖国してたせいで外国で栽培されてた作物が入ってこなかったのはまずかったよな
中国の清王朝なんかは、貿易でサツマイモ、トウモロコシ、落花生などの新しい作物が
どんどん入ってきて、人口めちゃくちゃ増えまくったらしい
まあそのせいで、満州族による支配が揺らいで国が大きく弱体化したらしいがw
>>524 じゃああの画像の食事にしてみろよ
すぐにタンパク質不足で死ぬから
>>525 わりと最近の肥料改革で収量が10倍とかになってこその人口爆発だしな
それ以前は乏しい収量で労力は10倍なわけだよね
ご飯がちょっと多いくらいでお前らの食事と大して変わらんな
>>512 普通はそう考えるわな 人間の大半が古代からずっとやれてきた事でしかないんだからそんなに難易度が高いはずがない
稲作には気候が合わない東北やら山奥なんやらの惨状だけがやたらクローズアップされるがそんな所にいったい何人住んでたんだよっていうね
今のままだと30〜40年後ジャップの8割がこんな食事になんだろ😂
>>528 その代わり中国は欧米に全て乗っ取られて文化破壊されただろ?
日本は戦後まで独自文化を保存できた。
人口面に関しても中国が世界でいじめられまくってるのは人口が多すぎるから。
地球には50億人分のキャパしか無い。
>>529 たんぱく質は60gあれば足りるかな?
あすけんを使ってます
>>124 兎忠みたいに実家にゆとりがあって食べ歩きが好きな奴は凝った物出す当たりの飯屋を引くけど、あばたの長助みたいな貧乏同心は長屋帰って冷や飯と冷めたメザシくらいしか食ってない。
たまにある本当は食べてはいけない危険な食べ物!みたいなやつ全部真に受けてたらこんな感じの食事しかできないよね
豆腐百珍て本が流行するくらいなんだから豆腐食わせろよ
>>352 殿様なんだから使用人として雇ってやれよ
>>8 白米史上主義→江戸煩い
将軍まで脚気になってザマァねぇやな
>>542 団子いいよね。業スの団子は常備しております。
玄米二合てすごいな
一食でこれ?
交通手段が足だと糖分摂取がすごくなるんかな
>>512 除草剤とかなかったから、夏は毎日田んぼに入って
草取りしてたらしい、収量も全然低かったとか
>>512 マジレスすると年貢米以外に商品作物を作るのが普通で、わらじとか編んだり養蚕したり副業してた
それでも地主以外の小作人は貧しかったんだがね
江戸はこんなモンだろうけど、地方の産地は魚や山菜やももんじも食ってただろ
>>512 農業への解像度が低すぎる
そりゃ実感湧かないわな
>>550 国民栄養調査みると炭水化物8割とってた頃もあったみたい。
今は米も魚も食べなくなったけど
>>484 藤田紘一郎の論文がそういうの詳しかったと思う
人糞によって堆肥を作ることで寄生虫の体液などが食事を通じて体に取り込まれることでアレルギーを抑制する効果があったけど、
戦後GHQが生のサラダを食べようとした時に寄生虫が酷くて、人糞の堆肥を禁止したことによって肥溜めがなくなっていき、
漬物以外でも生で野菜を食べるようになったんだったはず
>>558 ありがとうございます。人糞がNGだったみたいですねどうやら
>>406 肥料がほぼ全て輸入だから、痩せた土地でも育つ芋くらいしかってことじゃねーの?
そんな状況なら原油とかもないだろうし、この食事ですら無理そうだけど
生魚に塩振って焼くだけで美味いんだから今とあんま変わらんよな
>>512 それは機械化された時代の話だな
今の米農家はほぼ100%兼業だから
タンパク質たらんよね
江戸時代の筋トレマニア大変だな
>>562 鶏むね肉100g58円と鯖缶190g120円しか手が届かないです
豚バラ高すぎる・・・肉屋なら100g120円だけどスーパーだと200円
超えるという・・・後は卵と大豆食品・・・
>>550 運動量多いから理に適ってるのと、玄米だからそれだけである程度栄養素が揃ってるからだな
決定的にタンパク質が足りてないからだからジャップはチビだったんだろ
まあ令和もチビになりつつあるけど
漬物と米はわかるとしておこげみたいなのはなんや
あと汁も微妙に味噌汁ではないな
魚とご飯がでてくるだけすごいと思います。あとつけものもついてるw
でも糞尿の肥料って一度高温で発酵させるから寄生虫の卵死滅すると聞いたんだけど
あれ中は高温でも表面はそんな高温じゃないんだろうな
江戸時代ばりの粗食生活してたらめっちゃ痩せたわ
プロテインだけはガッツリ摂ってる
https://i.imgur.com/ya2PAoF.jpg >>573 ボソボソしてるもんな
あれのどこが健康にいいのか
当時の日本人「白いご飯をこんなに沢山食べられるなんて(羨ましい)」
江戸は、武家の影響で白米至上主義で脚気が江戸患いと言われたくらいだけど・・・
>>582 消化に悪いから血糖値が上がりにくいだけで胃腸には負担を掛けるだけ
健康のためには不健康になれる馬鹿のための食べ物だよ
>>584 他の身は子どもに食わせたんだろ(´・ω・`)ショボーン
親は残り物
日本人は戦後洋風化されるまで漬物やみそで玄米飯を腹につめこむのが普通だったという話をよく聞くが
それも偏った知識でしかない
実際は江戸時代でも多様な食文化が花開いてた
残り物で太るおかあさんってなんでかいるよね?
不思議w
>>585 飢えから救って下さってありがとうごぜえます
でも、お米を... 白いまんまを食わせてくだせえ
>>579 一度堆肥作ったから分かるけど
高温を維持するには水分が多過ぎてはダメだし中に酸素送り込む為に何回も掻き混ぜないといけないし
人糞を肥溜めに放置して発酵させただけじゃ死なないんじゃないのかな
肥溜めから出して枯れ草とかと混ぜて二段階発酵させないと無理かと
宮沢賢治の玄米の詩も有名だが
あれも実際にしていた食生活じゃないからな
あくまでも宮沢賢治が理想とした食事にすぎない
いろんな食べ物があったのは外食だけや
一般のご家庭ではごはんと汁ものを炊くくらいで料理しなかったから
同じものばっか食べることが多かっただろう
おかずは店から買ってくるものだった
江戸時代の食事と言いつつ、
これはかなり上級の食事じゃん。
人口のほとんどを占める地方の農民が食ってたものこそ
江戸時代の食事と呼ぶべきものじゃないか?
>>592 パルマンティエ男爵「じゃがいもー」
ちょっとマイナー
>>352 泣けると思ってスクロールしてたらマヨネーズご飯がでてきて助かった
>>89 家康が時代に逆行する石高制を導入したせいで米ばかり作るようになったから
それ以外の作物は上からの許可制
その米も今みたいに品種改良されていないから冷害とかあると速攻で飢饉になり餓死者続出
さらに農業生産自体も頭打ちに
明治になって石高制が廃止され農民が自由に作物を作れるようになってから栄養状態や農業生産性も大幅に向上した
一部左翼は明治時代を敵視しているがその前の江戸時代は停滞と飢餓の暗黒時代といって差し支えない
>>599 みをつくし料理帖は旨そうだったな
料理詳しく覚えてないけど
食事事情が江戸のままだったら絶滅してただろうな
中国の食文化にマジで感謝しなければならない
>>597 あれな
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ…
_人人人人人人_
> 玄米四合 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
江戸時代は1日2食で玄米が殆どでおかずは漬物とか飾り程度だったらしいからな
>>471 これはむしろハレの日のご馳走の類よ
メザシはご馳走だったから、時代劇ドラマではメザシに目がない武士が主人公だったりする
ほぼ糖質でタンパク質が無いと言われるが
たまにイノシシやシカみたいなジビエは食っていたが
上級武士になると、彦根藩がつくる牛肉を薬という体で食ってたり
薩摩藩なんかは琉球との関係で豚肉を食ってたりしてた
>>317 今平均身長が下がってるのってマジで給食が粗末になったからなのか?
おいら群馬の田舎町出身なのだが、子供の頃に鮎とかイワナとか釣れるとそれが食事に出て来るので良く釣りに行ったわ。
>>352 全部読んじまったよ… 伝九はホモなのか?ホモというか潜在的に女性なのかねぇ
>>620 玄米も漬物を揃えようとすると結構金がかかる
これでも痩せてたんだよな
アメリカ人みたいにデブるにはやっぱり肉と脂だわ
爺ちゃんが農家だったけど塩辛いおかずちょっとで大量の米を食うのが日常の食事だったって言ってたな
>>605 そう考えると資本主義は時代がどんどん変わっても
貨幣でいくらでも搾取できるから
停滞がしづらい支配体制ってことなんだろうな
その代わり最後は移民でぐちゃぐちゃになるっぽいけど
玄米は炊くのがめんどすぎる
仕事から帰ってきてアホみたいな時間水に浸しとくとかできんわわ
>>626 ただし、それすら1960年代にようやくなんだよね
それより前は「日本人は米食『願望』民族であった」。ずっと
一部の環境…たとえば羽振りのいい漁師の雇われとか、土地柄…といっても順境の時期限定だが、たしかに米びついっぱいの飯を食ってた奴がいた。そんだけ食わないと腹が持たなくて
>>2 豪華なわけないだろ
こんな米ばかり食ってたから短足チビになったんだ
今日本にいる高身長イケメンって江戸っ子ではなく田舎で動物とか狩って生きてた猟師の末裔だぞ
江戸の文化()とか守って草食してたゴミどもは今チー牛になってる
玄米も今みたいな品種改良した美味しいやつじゃなく
ほんと糠臭くて現代人からしたら食べられない代物だろうな
人糞も使ってるし
>>462 >>561 そんな状況になって何も対策しないとは思えん
日本の国土の8割は山なんだし落ち葉とか腐葉土作りに予算割けば肥料なんかはそんなに困ると思えん
>>462 >>561 そんな状況になって何も対策しないとは思えん
日本の国土の8割は山なんだし落ち葉とか腐葉土作りに予算割けば肥料なんかはそんなに困ると思えん
>>634 その理屈ならチー牛がチー牛食ってたら子孫は高身長イケメンになるな
肉とかのタンパク源がなかったって言うけど虫とか小動物とかいくらでもあったんじゃないの。
タンパク質が重要っていう栄養学が行き届いてなかったのが大きそう。
玄米から白米に変わった途端に脚気が増えたらしいからな
どんだけ米だけの食事かよくわかる
チビが多い理由はこの食事だよな。日本は魚文化というが圧倒的動物性タンパク質の少なさ
>>642 肉食は仏教のせいで禁忌扱いだった
ウサギは取りと同じ1羽だとか色々とへりくつ付けて食べたりしていたけど
>>639 但将官の外は皆赤米を用ゐて飯と為す 形は瞿麦の如く 色は蜀黍に似 殆ど下咽に耐えず 蓋し稲米の最悪の者なり「日本往還日記」
白米でも玄米でもないけどな
>>648 遺伝による限界じゃね?むしろ身長が低くなってるとか今は
しかも一日一回しか米炊かないやつも多かったから、夜には飯がカピって冷え切っとる
だもんで湯漬けとか汁かけにして食ってた
縄文人はフィリピン人みたいなチビだから
そういう血統が好まれるようになると小さくなっていくよ。
日本では安室奈美恵ブームからその流れ。
>>289 人類を支えてるのは圧倒的にとうもろこしだぞ
>>654 都市部では井戸も炊事場も共同だからそもそも一日数回も炊けないんだよ
坂本龍馬の写真とかみても肩うっすいしガリガリよな幕末の志士って
龍馬で170センチ代やったからふつーの150センチ代のひとらなんか今の人間ワンパンでやれるで
なんで江戸時代の人は田んぼを半分くらい野菜畑にしなかったのか
米ばっか作ってもバランス悪いじゃん
平安時代の食事とか小学校の社会とかで写真みたな
唐からきたネジネジの揚げた?お菓子とかついてる
>>70 何か直線でカクカクしてるけど、もしかしてそれぞれのサンプル1なんじゃないのか
>>309 まんが日本昔はなしの農民はたいていいつも家の真ん中の囲炉裏に鍋かけてそこで雑炊にしてずずゾゾゾと食べとるな
中に入ってるのはキノコ、野菜、穀類で米は無いけどな
>>663 野菜って言っても、幕末に来た外国人には日本に野菜は大根しかないって言われるぐらいだからな
それでも関東は関東ローム層のせいで田んぼに向かないから野菜が名産で、今でもグエンこき使って日本一の野菜の産地
>>669 上京して驚いたのが田んぼがなくて畑しかないことやな
そういう理由があったのか
灌漑技術とかがないのかと思ったわ
いまでも東京中心はなれると郊外から埼玉あたりもネギやら芋やら大根やら名産地だらけよな23区でも
モンゴル人とかいう狩猟民族の体を見ろよ
若い頃からダイエットとかしてるジャップのチビ短足貧乳がケツ小さくて出産で苦しむのなんて自業自得だわ
https://i.imgur.com/oqWQ8ac.jpg スラブ人も巨乳率が世界一だとか
これこそ人類の正しい体型だよ
https://i.imgur.com/tC4P8qF.jpg 本当にここまで玄米食べてたら
もう少しは大きくなってたかも
日本お得意の歴史修正を感じるが
後半はすっかり白米が定着して
日本人の身長が1番小さくなったのが江戸時代
現代人の若者はどんどん小さくなっている
あとは言わなくてもわかりますよね
>>564 兼業率6割5分位だぞ
北海道だけなら2割以下まで落ちる
>>673 モンゴル人が狩猟民族とか何を学んだらそうなる
江戸の主な動物性のたんぱく源はイワシとマグロ
海が近いからね
日々徳用倹約料理角力取組(刊行年不明だがおそらく後期~幕末)
https://i.imgur.com/NEtZq7c.jpg 魚類方
めざしいわし
むきみ切り干し
芝エビからいり
まぐろから汁
こはだ大根
たたみいわし
いわしの塩焼き
まぐろの刺身
精進方
八杯豆腐
昆布油揚げ
きんぴらごぼう
煮豆
焼き豆腐
ひじきの白和え
切り干しの煮つけ
芋がらの油揚げ
行司
沢庵漬
梅干し
>>36 三白(さんぱく)って言うらしい。
江戸の美味いもの白飯、大根、豆腐。
それで脚気が大発生。精米をやめて止んだ。
ソースは杉浦日向子
>>669 白菜なんて日清戦争で兵士が持ち帰ってきたんだしな
でも、ヨーロッパでもトマトとジャガイモが無かった大航海時代以前
は何を食っていたんだって話だけどな
十字軍以前は、甘味は蜂蜜だけだったというし・・・
>>673 マサイ族の若い男子衆は戦士として分類されて牛や山羊の群れを護り野に生きる
かれらはヤギの肉と家畜の血しか口にしない
大人になる通過儀礼で
一人でライオンを仕留めるというものがある(12,13歳でそれをやる)
https://i.imgur.com/8Bp7TcZ.jpg 年取ると村にて女子供と暮らす
白米で腹を満たしてると背が伸びずかっけが大流行する
先人が教えてくれた事なのに繰り返す日本人達
>>683 顔って黒いやつ多いのかそれとも着色の関係?
>>683 真ん中の目座ってるやつどっちも同じじゃね
モデルなのかな
>>685 上級国民が脚気で死ぬなか、庶民が生き残ったのである
>>677 米一本の農家がそんなにいるの?
一年のうち9ヶ月くらいは何してんだよ
>>685 脚気と言えば曹洞宗の永平寺w
禅とか言って偉そうにしていて、未だに患者を出す清貧という名の馬鹿修行
まあ、檀家なんですけどね・・・
魚付くのとかマシな方
白米と漬物とほぼお湯の味噌汁なんてのが江戸の庶民の食事
米しかとれるものなかった貧困の日本がなんで江戸の時代になってまで玄米くってたの? 米しかくってなかった割にそのへんの技術もなかったの?
玄米って優秀な総合食だからしゃーないね
白米じゃ栄養足りなすぎてカッケが流行ったっていうし
>>512 現代の農家は補助金で遊んで暮らしてるとか言い出しそうな無知
>>620 漬物は意外と高い。大量の野菜を自宅で漬けるにはそれなりの環境が要る
団地生活なども考慮に入れると米納豆卵鶏肉キャベツ玉ねぎジャガイモで押す昭和型が正解だろうか
>>637 腐葉土って、土を改善してくれる要素なだけで栄養があるわけじゃないから……
身長の問題だけなら、成長期過ぎた人間は肉禁止にして全部子供に回せば
平均身長は伸びるのか?
>>697 水車の普及で白米を食いやすくなったらしい
>>634 でもアイヌは肉ばかり食ってたけどそんな高身長のイメージないわ
しかも健康だのなんだの推奨してるけど健康に良いとか本当か?
乳児死亡率置いても死にまくってねえか
宮沢賢治も同じ
「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」
>>637 腐葉土って単語だけ知ってる人間の発想だな
まあ栄養ありそうに思えるけど…
>>707 乳幼児が死にまくってるのは医療の問題やから
>>708 下水にいっぱい含まれてるので自給自足はできる
肥料問題含めると結構お先真っ暗だな
日本の食卓
保守派(売国党)は簡単に自給率上げろというけど
票集めのためだけでなんも考えとらん
>>702 それあんたの感想だろ
俺んちの家庭菜園は腐葉土のみで見事なキュウリとトマトとナスと大根を作り上げたよ
>>707 食餌そのものの状態ふくめ衛生環境の差もあるわな
季節による変動も大きい。土地にもよるが冬には食えるものがさらに限られるし、
温暖な時期は温暖な時期でなにかと腐敗しやすいし虫もつく
年と書いて「みのり」と訓むことがある。実りの季節は否応ない理由で実感ひとしおだっただろうな。ここは今が異常なんだけど
>>512 現代の農機具、農薬、肥料がないという点だけでも暇そうだとは思わんけどね
その土地々々の工芸品も農民の副業の名残だし
作って卸すのではなく自分で売りに行かなくてはいけない
少し想像するだけでものんびり感ゼロだが
>>282 戦争したくて仕方ない自民党の鎖国前提脳
>>563 今の清酒飲めてた
安いのは水で薄めてあったり質が悪かったり
>>673 理屈は知らんが支持する
張りのある肝っ玉お母さん好き
やっぱ動物性タンパク質は大事だな。
あと野菜も色んなの食べれる方がいいな。
玄米のカリウムが塩分と結合して
体外に排出させるから理にかなってる。
これで精米して白米に換えると
全てのバランスがぶち壊しにw
昔の殿様とか王様にマックやコーラや吉野家食わせたらどう思うんだろうか
黒澤明の赤ひげで赤ひげが殿様に「白米はお命を縮めます 飯は麦7割米3割で塩も控えめに」みたいな事言ってた
>>729 徳川末期の人らはすき焼きぐらいは食べてるんじゃね?
明治頃に色々と入ってきてるんだし
江戸時代でも近江の特に商人は牛肉好きだったことが分かってる
越後にも打診している
だから最低賃金を上げろと.. アメリカのファーストフードの最低賃金はアルバイトですら3200円超えだぞ。
先進国の最低賃金が800円ってのは日本だけだぞ。野党は何故、最低賃金上げろと言わないの? 家えば支持率上がるのに(´・ω・`)
今売り込んでる人気のお米やコンビニおむすび
低アミロース高GIだもんな
国民の健康とか本当に考えてないと国だと思う
二言目にコメを食えっていう奴は信用してはならぬ
これは真理
玄米はほぼ完全栄養食だけど
玄米だけ食ってると逆に早死にするからな
>>69 むしろ膵臓を使わん方が機能が劣化して糖尿病になるんだが
>>729 昔の殿様も一応は近江牛のみそ漬けとかを薬と称して食ってはいた
与太話として井伊直弼がそれを辞めさせたから暗殺されたなんて話もある
黒田武士も酒は飲め飲めいうが
俺なら倍飲んでやろうwww
海無し県の人らなんて江戸時代は大したもん食べてなさそうだもん。しもつかれがいい例だよ
>>738 江戸の肉体労働成人男性だろう
江戸は米が安かった
>>513 BI値とか関係ない
玄米は血糖値が一番上がりやすい
https://i.imgur.com/yaNpTbI.png https://i.imgur.com/f5TnuS8.jpg この時代の人間は移動手段が足で
1日30km40km歩いてたから糖尿にならなかった
江戸が栄えて大して移動せずに生活できるようになったが
それでもこの食事をやめなかった江戸の人間の間で
脚気や江戸患いが流行ったがこの中に糖尿病は随分いたと推測される
>>746 江戸なら寿司食ったりうなぎ食ったりはしてるだろうけどな
>>89 タンパク質を中心とした栄養失調
これは欧米でも同じで肉の摂取量の少ない時代は低身長化が進んでて
ペストで総人口が減って一人頭の摂取量が増えた頃は長身長化が進んでいる
>>747 江戸の街中だとそんなに歩かない人もいたんだろう
それで何合も食べてたらそうなる
>>749 パックごはんはチンせんとあかんのやでw
>>750 オランダ人も一時期は背がかなり低かったらしいな
>>721 清酒って日本酒か
不味そうなやつ買って江戸に思いを馳せるか
>>747 不味くて炊くのに時間かかって血糖値上がる玄米さん😅
江戸時代とか本当に悲惨だよな こんな粗末な飯、多分現実はもっと劣悪で
まともな医療も受けられず、体壊して働けなくなったらそのまま野垂れ死だったんだろ。
ほとんど結婚も出来ず生涯独身で死んでた奴も多かったわけだ。
今の日本の底辺の生活だろうとこれより圧倒的にマシだし、
自殺したいとか一ミリも思わないんだわ。
当時の江戸時代のワープアが現代に転生したら「なんて夢の世界なんだ」と思っただろうな。
>>99 バブル崩壊後からだけど江戸の幻想を打ち砕く発掘が進んでる
樽に詰め込んだ屈葬とかが多く見つかってる
>>757 天領なら税金安いから割と裕福に暮らせてる
薩摩の農民とか松前のアイヌ人とかだと悲惨
>>758 時代劇でも基本樽に遺体入れてた気がするが
>>749 レンチンパック高いぞ結構。卵かけご飯2杯めです。
>>757 ネトウヨファンタジーじゃない真っ当な日本の歴史を知ると
現代がいかに物資に恵まれているかが分かる
戦後より前は庶民にとっては文明と言えるレベルじゃねえ
>>487 すごい悲しい話だな
パックごはんも強化米の時代本当に来るかもな
給食に強化米という名のビタミンB1添加米使ってるところは多い
ちな貧乏人御用達のカップラーメン類に
ビタミンB1入れてるのはカッケ防止のため
1970年の若者にも流行したわーくに
>>747 これはマジ。 健康のためとかいって玄米食ってたら糖尿になった。
GI値が玄米は低いって話なのに血糖値も自分で測って白米と大差がなかった。
押し麦入れた麦飯に変えたらら少しマシになったわ。
最近の玄米は精米技術があがったからなのかぜんぜんボソボソしてないんだよね
昔の玄米とたぶん別物だよ
いやいや田舎じゃ米作してるだけやない
里芋やネギが植えてあるし梨とかもあるえーって思うことが多いw
現代ジャップの俺たちも物価が上がりすぎて米しか食えなくなるよ
しかも玄米より栄養価の低い白米
もう終わりだよ
>>728 全粒粉とか黒砂糖を精白すると危険な食い物になるのと同じ理屈だな
まあ玄米の場合は糠部分に農薬が貯まるという別の危険因子があるが
>>685 脚気が撲滅されたのは戦後に白米が普通になってから
豊富なおかずが一般化しないと無理だったんだよ
>>54 大飢饉ってとうほぐの話じゃなかったか
関西じゃ二毛作してたらしいぞ
>>771 米は高いだろ。サツマイモだろ
今は病気が流行ってやばいと聞くが
人の寿命は何年かと思うとこやな
普通100年と思われている
>>757 海は美しく、山紫水明に満ち溢れ、
当時のヒト以外の生命量からすれば、令和日本は死の土地と言い切っていいほどの惨状だよ
琵琶湖は地球全体の宝といってもいいほど美しく、生命に溢れていた
京嵐山の紅葉は今とは比較にならぬほど目にも鮮やかだった。嵐山では下から紅葉がすすむんだ。京は底冷えするから
俺ならぜったい当時のほうがいい。そして叶うなら現代になってしまう道を閉ざしてしまいたい
イングランドでの研究によれば、暑熱化の悪影響もあっていまの地表の生命量は産業革命前からすれば絶滅レベルの酷さだ
>>766 レジスタントスターチも普通にあがったな。
そもそも血糖値あげるために食ってるのに
抑えようってなんなのかと思う
>>775 江戸時代は米ばかり食いすぎなんだよ
資産でもあったから仕方がなかったのかもしれないが
>>760 あーぼくの文脈が悪かった
樽の低身長遺体が江戸期の論拠であるつもりで書いたけど、あらためて考えてみたらそこは別に大きな論拠にならないね
発掘調査が進んでると言いたいだけだった
>>763 俺は現代の水準で「下見て暮らせ」じゃなく「過去みて暮らせ」がいいと思うわ。
薬局や病院で処方される薬一つとっても、江戸時代のレベルからみたら
夢のような「特効薬」だらけ。
糖尿病判定されたのに飲むだけで血糖値が正常値に収まってしまった。
ネットどころか電気すらなく、暗くなったら春画の切れ端でオナニーして寝るだけの
人生だったんだろうなぁ。
>>752 >>761 かわいそうな親子はいなかったんだね
>>757 なんで江戸時代と比べてるんだ
バカなのか
大根の葉も醤油で炒めるだけで美味かったがフライパンがない江戸は炒め物作れんかった!?
>>784 つーか江戸時代の低身長は肉食い禁止したせいやろ
宗教的な話
>>16 精米したらバランス極めて悪いが玄米だと完全食に近いからって話じゃないの。
>>789 食用油が生産量が少ないのもあって家庭ではやってなかったらしい
お店に行かないと食えなかったようだ
>>676 ディズニーランドのちょい先で塩作ってた時代だからな
>>352 おちんちんランドになりそうでならなかった
悔しいけど面白い
>>787 他人の不幸話きいて3パック目いっちゃいます。
サッポロ一番作る元気がもうない
>>775 https://www.maff.go.jp/j/meiji150/eiyo/01.html のちにわかったことですが、これはビタミンB1不足が招いた「脚気」という病気が原因でした。
胚芽部分に多いビタミンB1は、精米で取り除かれてしまうため、白米にするとわずかしか
残りません。当時の人々は一汁一菜が基本で、ご飯を大量にとり、おかずの量も数も
少なかったこともビタミンB1不足の原因となっていました。
徴兵されたのは多くが農家の若者でした。彼らにとって、軍隊での最大の魅力は
1日6合の白米を食べさせてもらえることでした。
ところが、白米が食事の大部分を占め、副食が乏しいこの食事スタイルこそが、
ビタミンB1不足を招き、軍隊内に「脚気」の患者を増やすことになってしまったのです。
>>780 想像力が足りなすぎない?
山野なんて東京でもちょっと郊外いけばいくらでもあるし
紅葉なんて江戸時代も今もたいした差なんてない。
そして移動手段がないからほとんどの奴らの生活行動半径は
今の数分の1位で生きてたと思うよ。
東京から多摩湖や奥多摩まで行くのだって自転車ですら大変なのに。
>>798 農業生産性が最悪だったからすぐに潰して食ってしまうんだろ
>>798 天武天皇が675年に出した肉食禁止令に始まり、将軍綱吉が生類憐みの令を出すなど、
日本では何度も肉食を禁止されたため、江戸時代に肉を食べるのは一般的ではありませんでした。
明治に入り、政府は肉食が奨励し、畜産業にも力を入れるようになりました。
そんな中、牛肉とネギを味噌や醤油で味付けした料理「牛鍋」を出す牛鍋屋が大流行。
しかし、この頃肉料理を食べられるのは上流階級や知識人、都市の一部の人に限られていました。
>>780 当時は燃料は木しかないので奥多摩まで一面禿山だった
全部切って燃料や家の建材にしてしまった
>>797 蕎麦食ってたら脚気にならないって噂から江戸では蕎麦が流行ったらしい
何か昔の日本って凄いな。ネトウヨは江戸時代の人達も英霊として賛えてあげりゃいいのに
>>683 この手の彩色適当だかんなあ
適当過ぎて青々とした稲を脱穀してる写真とかあったと思う
どんな無知が彩色してるやら
江戸に限るとイワシがめちゃくちゃ安くて一尾5文だった
(参考:1尾あたりのタンパク質24g)
>>788
俺はどうもそういう思考が好きなんだわ。
半世紀も生きてくると100年なんてほんとはあっという間なんだなってのが
少し分かってくる。 大体150年前はまだ江戸時代だったわけだ。
江戸時代も子供の頃の歴史の授業で感じた「はるか遠い昔の事」でもないんだなと
常々感じるようになってきたんだわ。 >>801 卵目的で養鶏はしてたらしいぞ
https://www.kabuki-za.com/syoku/2/no11.html >江戸初期には採卵は主目的ではなかったようです。江戸後期になると
>採卵を目的とした養鶏が行なわれるようになり、都市には鶏卵問屋もできました。
アジア圏はもれなく昔の写真は見事にハゲ山ばっかり
またその時代に戻るかもしれんがw
>>789 鉄なべで炒めることは可能だったと思う
油は高価だからそう頻繁には作れなさそう
鍋料理とか無いの?って思っても肉が無いからお粥になるか…
江戸時代は過酷だ
>>812 ヨーロッパも昔は森林地帯だったのがかなり失われてる
>>802 天武天皇て皇族に政治させようとした人?
挙句に栄養不足の日本人にヴィーガン強制とか頭おかしかったのかな
寿司は庶民のファストフードだったというけど
農民がアワやヒエや大根の菜っぱ食ってたのにそんなことあるか?
一般人向けと言ってもちょっとした高級スイーツくらいだったんじゃないのか
>>139 こんな昔からシュリンクフレーションしてたんかい
>>797 当時粟稗などもまだ食ってて白米を食ってる農家は意外と少なかった
それでも発生していたのが現実だった
https://www.ja-toyohashi.com/pdf_publicity/minori_201603/minori_1603_8.pdf 明治でも米の生産量は3000万石で人口比で圧倒的に足りていなかった
そのため大麦や粟稗、蕎麦を入れていたがそれでも脚気は起きていた
そういや最近、やっと多摩川の上流の「玉川上水」の起点まで
いってきたわ。 玉川兄弟像みてきた。
その後、玉川上水沿いをずっとサイクリングしてきた。
工事は、承応2(1653)年4月4日に着工し、わずか8か月後の11月15日
(この年は閏年で6月が2度あるため8か月となります。)、羽村取水口から四谷大木戸までの
素掘り(崩れの補強を行わずに掘削すること)による水路が完成しました。全長約43キロメートル、
標高差はわずか約92メートルの緩勾配(緩い傾斜)です。
重機もコンクリ等の建材も無しでよくまああんなの作れたな。 江戸時代の人たちすごい
>>815 >江戸時代になると、鍋を調理用としてだけでなく食器としても使用し、鍋で食材を煮て、
>そのまま食卓で食べる料理が普及します。アサリ鍋、豆腐鍋、ねぎま鍋、どじょう鍋などが有名。
豚や牛の鍋は幕末になってからだな
縄文土器は火で炙って何からしらを茹でてた痕跡があるのにね
うさぎを一羽二羽と数えて鳥の仲間にして無理やり食ってたしなあw
あと寿司が小さくなったのは時代が下って箱に詰めるようになったという背景がある。
箱に詰めて持ち運ぶようになると持ちやすく食べやすいサイズのほうがいいから小さくなった。
>>789 火力を出すための石炭や煉瓦竈門が普及していない
鋳鉄で薄い中華鍋を作ることができない
動物性の油脂が皆無
中国ですら炒め物料理が定着したのは18世紀から
>>800 庶民は昭和に入るくらいまで半径300mが自分の世界なんて言われてたくらいだからな
>>352 身の回りの世話する足軽とかお庭方にでも雇ってやったらええのに
なんで魚の開きがしっぽ側半身しかないの?
魚は頭から腐るみたいに頭側は捨ててたとか?
>>282 実際には肥料農薬燃料全部輸入だからこんな食事すら用意できないぞ
食料自給率から分かることは「食料自給率増やしましょう」じゃなくて、「絶対に戦争等他国からの輸入が滞る事態に陥らないようにしましょう」だ
>>817 天武は大友皇子ぶっ殺して帝位についた簒奪者だから色々頭おかしい事やってる
天智系の皇族ぶっ殺して祟りにビビったから仏教にのめり込んだんじゃないかな
>>829 長時間通勤を強いられてる身からすると
ある意味羨ましい
>>825 縄文人ですら牡蛎やはまぐりくってたのに
わいらは高すぎて食えないから
>>829
まあそうだろうなぁ。 現代の優れた電動アシスト車でも環七沿いから玉川兄弟像のある支点まで50kmの
道のり4時間弱かかって大変だったわ。 あれを歩いていくなら多分丸一日掛かるだろ >>822 耕地面積が増えても人口も同じ推移で増えてるから
ヴィーガン「サーモンを一切れ食べたら脳内でコンピュータが再起動するような衝撃が来た」 [581480879]
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1665466134/ これと同じで昔のやつも、たんぱく質食うと体調良くなるのは体感として知ってたんだろ
ただ高いから薬扱いだったり上級専用
今日ハイカーボの俺でも一食300gのご飯なのに凄すぎワロタ
>>830 例えば3日食ってないっていうから3日前に世話役は帰ったんだと想像したりw
小説は自分が読んだ本や経験で読むから足りない部分を想像する
>>840 宗教的制約だから上級もあまり食ってない
ケンモメンはドカ盛りパスタ副菜なしがデフォだからむしろこっちのが健康的では
>>800 個人的に🍁撮ってるもんで
2000年代でまだマシだったの1回だけなんよね
今の、汚物のような色味のひどい紅葉中継をもってして「きれいな紅葉」などとしてみせられてる今の若い人たちがほんとうに可哀想に思うよ
>>683 この食事風景だって、写真に映るってんでみんな一張羅きてきたんだろ
それでこのヨレヨレの薄汚い格好なわけだ。
まともな洗濯やら糊付けみたいな技術も無かっただろうし
まあ当時の衣服なんてこんなもんだよな。
みんな普段から野良仕事や屋外作業ばっかりで男女ともに真っ黒に日焼け。
時代劇は美化されすぎ。
>>845 香川にしっぽいくうどんってのがあるけど
つながりあるんかな?
>>763 むしろ明治時代を敵視して江戸時代をファンタジー化しているのは一部の左翼だろ
右翼にしてみれば徳川なんぞ朝敵以外のなにものでもない
明治になってようやく食事がまともになってきたのが事実だよ
それでも銀シャリ信仰は根深く高度成長期まで続くのだから徳川のやったことはろくでもないということがわかる
>>846 今それ食ってる
パスタは米よりたんぱく質が取れるから・・・
まともな医療もなく、偏った食事と過酷な労働の日々で
みんながんとか成人病になるまえの50代くらいで死んでたんだろ
食品添加物とかの影響とかいいながら、みんな70過ぎまで普通に生きられる今の社会が
どれだけ恵まれてるか。
>>828 意味不明過ぎ
唐~五代に炒め物が流行って,油や鍋の進歩で
宋代に成ると炒め物が廃れて揚げ物や蒸し物が流行ったんだけど
>>848 農民はそりゃ日焼けするだろうけど町人ならそうでもない
>>683 こういうのは輸出お土産用だから
当時の風俗をちゃんと写してるわけでもないんだよな
>>853 もっと恵まれる社会にしていこうぜ!我慢なんてクソじゃん
苦労した江戸の英霊の為にも豊かが一番だろ
当時からみたらまるでドラえもんの道具レベルな
レンチンで食える冷凍チャーハンをチンして食べるよ。
これが粗末な食事とかいったら江戸時代の連中が桶から飛び出して
ぶん殴りにくるレベルだろ
トラックに轢かれて江戸時代に転生して脚気治療無双するなろう小説かいて一発あてようかな
>>854 唐代の炒め物は油で調理するわけではない
金属製中華鍋の登場が明の時代からなのに油と鍋の進歩って何を指してるんだ
>>860 JINというドラマにもなった漫画があってな
>>858 そういうのは時代の潮流みたいなもんで、正直、努力したからって得られるものじゃないんだよ。
日本の国家としての隆盛にただ身を任せるだけ。
たまたま戦争が終わって豊かになる途上で生を受けたことを感謝してるわ。
貧しくなってきたけど それは絶頂期に比べたらであって歴史的にみたらこんな恵まれた「日本人」で
いられたことは奇跡に近い。
まあ結構クソ頭にくることあるやん
母親が病気になって2ヶ月後死んだら呼ぶ奴とか
死んだ後呼んで俺はなんだろうw
これでも豪華だろ
お味噌汁が必須なのは
ご飯が保温できないから夜には冷めて不味くなるからだな
お茶漬けなんかもそうだろうね
江戸に行ってあっさり苦しんで死にたい
ゆっくり苦しんで死ぬより人として生きれてそう
>>828 天ぷらとか屋内で油使った料理は火事になるから江戸では禁止
農耕してたんなら虫とかもっと一般的に食っててもよさそうだよな
イナゴとか結局一部の地域でしか食われてなかったんだろ
もっと食えよイナゴとか
今本格的なお店で出てくるフランス料理や中華料理も18世紀中頃~19世紀末くらい発祥のものばっかだよ
日本食で言えば醤油、味噌も今普通に手に入るタイプのものは江戸時代中期以降のものだ
世界どこ見渡しても伝統なんてそんなもんだw
>>84 鎌倉時代の彫刻家はよく人体を観察していたということが判る
>>861 無知で妄想だらけのおまえの誤認識なんてどうでもいい
唐~五代の炒め物わ主にゴマ油での炒め物
なんせ炒め物って油で炒めるから炒め物だしなwww
>>870 割と作るの大変っぽいから流行りにくいのでは
>>851 ネトウヨブログや動画で江戸は世界一清潔な都市で朝鮮通信使が嫉妬で狂うレベルだったとか
バカみたいなホルホルしてるだろ
>>671 遊郭っていうのは客と飯食って酒飲んでそれからセックスするもんなんだよ
だから客がついた日は夜食わない事もあるし
仕事終わりの時間が不規則だから翌日起きたらもう皆飯済ませちゃってて自分の分が無い またはちょっと傷んでるなんて事もあるだろう
これの元になった古文書の中で女郎屋の主人がうちの女どもはせっかくこっちで飯用意してやっても買食いばかりして気に食わねえとボヤいているんで
全く自由が無く腐った物を食べさせられてる酷い境遇の女達っていうのは実像とかなり違う
>>861 鉄鍋なんて漢代から有る,宋代に鍋が薄く作られる様に成って
石炭の普及と合わせて火力の要る蒸し物や揚げ物が流行った
>>872 14世紀から19世紀あたりまで小氷期の寒い時代だから仕方がない
飢饉がたびたび起きてる時代に食文化の発展は難しい
>>870 海ない山だらけで魚も手に入りにくい長野県民だけは進化してたな
蜂の子とか蚕のサナギとか食いまくってた
>>870 昆虫食はどの国でも一般化しなかった時点でお察し
>>534 いや,普通に毎日14時間労働が基本だから農民
農閑期も工芸品や日用品作るし
>>872 18世紀にもなるともうヨーロッパは蒸気機関とか使ってたしな
そのあたりから物流も進歩して急激に食文化とかも発展していったんだろう
>>877 いや酷い境遇その物が実態だから
平均寿命30才ちょっとだし
>>886 昔は病気になると基本終わりだったからなー
>>853 当時も社会上層の平均寿命は普通に60才超えてる
超格差社会
日本人て昔から糖質依存で栄養不足だったんだな
仮に米から脱却しても小麦が待ってるし
日本は食育完全に失敗したと認めるしかない
>>886 買い食いしまくるのも遊郭内では碌なもん食ってない証明だからな
>>856 ほとんどは今の人が見れば“真っ黒”だったよ。それは入浴の習慣が事実上なかったことでも言える
なかには毎日のように湯に浸かる町人だっているにはいた。だが1960年代ですら一週間に一度程度しか風呂に入らないのが当たり前だった
遊女の扱いは江戸ホルホル勢でもちょっと美化できないね・・・
投げ込み寺(なげこみでら)は、寺に身よりのない遊女や行き倒れ[1]などの遺体が放り込まれたことからそれらの寺についた俗称である。寺では遺体を無縁仏として葬ったという。
>>609 天ぷらそばにサイダーが大好きだった男だぞ宮沢賢治
俺が親父面倒見てて72て死んだし
母親が92で死んだらそっちが正しいよなw
>>891 超格差で、そんな長寿でいられたのは一握りなんだろ
今は底辺ですら60歳超えて生きられるのは容易だ。
人は今の境遇を不幸だと思いこめばいくらでも不幸になれるし
その逆で「恵まれている」と思い込めば幸せに生きられる
なんだかんだと衰退日本の底辺でも恵まれてる事を感じるよ
平均寿命がやたら低いのは生まれたばかりの子がバンバン死ぬからじゃなかったか?
食事よりも衛生や医療の問題な雰囲気
>>895 昭和中期までは「風呂なしアパート」とか当たり前にあったしね。
当時は数日に一度銭湯いくくらいだったんだろうな。
銭湯が普及したのすら戦後の話
風呂に毎日入る習慣すらごく最近だぜ
>>895 江戸時代はほぼ蒸し風呂で入浴はほぼしてない
入浴せずとも洗顔料として庶民も米ぬかを使ってたようだ
https://www.nippon.com/ja/views/b07302/ 全国の銭湯の最盛期は組合の資料によると昭和43年(1968年)の18325軒となっている。
>>818 人口の1割の江戸(+機内)の庶民=人口の9割の地方の農民じゃないので。
>>870 犬やネズミなんか根こそぎ食ってただろ
江戸時代に犬が街から消えたなんて逸話もあるぞ
昨日るろうに剣心見たけど、明治初期の宿屋がわりとリアルに作られてて、
やっぱ机と椅子って大事だなっておもったわ
板間に正座で座って、床に置いたお膳で飯食うとか、
しんどすぎるわ
なぜ日本人は椅子と机という、誰でも思いつくくらい
簡単で便利なものを発明できなかったんだろう
昔の人の顔が黒いのは西部開拓時代の白人の写真もガングロだし
カメラの露出と感光の問題もあると思う
米は年貢で持ってかれるから庶民はアワやヒエしか食えなかったよ派
一食で2合の玄米をたらふく食ってたよ派
結局どっちが正解なんだよ?🤔
>>907 水は貴重だものな
戸棚風呂は水不足が発端といわれる
現代よりも豪華定期
カップヌードルとおにぎり1個とかザラだろ
>>911 日本の一般住居は狭いから場所をとる机と椅子ははやらない
寝具だって折り畳んですぐに片づけられる掻巻とか布団使ってきたし
みんな和食は健康的みたいに刷り込まれているけど
塩味で炭水化物書き込むスタイルが健康的な訳ないんだよな
これ系のスレ好きで立ったら
見てるんだけど大抵が知ったかぶりばっかりでつまんなかったけど
今回はまともな人が多いみで
おもしろい
農家は米食えないけど漬け物用の大根育てて売ってた
大根はめっちゃチート並みに売れたんだぞ
>>895 毎日湯に浸かる町人も湯は毎日替えないからな
今とは衛生観念が根本的に違う
>>917 年貢が激しくてアワやヒエを米の代わりに食ったのは、地方の農家、ソレも東北と関西以西で全然違う。
江戸や京都の庶民は燃料の薪が足りないという現実的な問題も有って、長時間腐りにくく作り置きできる
という精米した米をたらふく食ってたから脚気になった
>>912 お米とか茶碗は真っ白だし 屏風も鶴の白さとその背景は淡い色に描写されてるから
それはどうかなぁ。
明らかに真っ黒だろこの人達
>>926 べったら漬けをためしてみたい。堅づくりの甘酒50gぐらいでいいんかな?
>>70 人口は着実に増えてるから、カロリー的に支えられる人口は増えたけど肉が増えないから一人当たりの身長の伸びは減ったって事じゃない
テレビが全国津々浦々見られるようになったのも最近だ
>>917 同じ百姓でも地域と階層による
数だと前者の方が普通
消費地に近く気候的に商品作物作って換金しやすい京大阪周辺と
山超えないと塩すら手に入らず猫の額の段々畑耕してる地域があるわけで
>>886 元になってる物見るとちょうど大火が起きた時期のデータじゃん 火事で亡くなった女の名前が載ってただけだろうな
病死や自死だと寺の中に人知れず死体が投げ込まれたらしいからそういう場合は年齢わからんべw
詰めが甘すぎる作り話
基本的に、島国は飯が不味いんだよ
馬車とかの陸路で遠方の食材が入ってこないから、
島にあるものしか食えない
食材が少ないから味の進歩もない
だから日本とイギリスの伝統飯は不味いし、
日本で一番飯の不味い県が沖縄なんだよ
>>931 松前藩(蠣崎氏)「ど田舎で終わったんだがオカシイなぁ。」
>>936 そもそも江戸時代、馬車禁止だろ これがなければもっと江戸前の海産物は
江戸の隅々まで届けられただろうに
>>939 地勢が馬車に向いてないしなあ
大菩薩峠じゃないが、トウゲ(峠)越えるのが遠出みたいなとこあるし
>>886 飯もだけど住宅環境も酷い
日本家屋ってすぐカビるから
>>813 薄汚ねぇ団地で惣菜パン買い与えられて大きくなったあなたにはわからないだろうけど
手前に左手前はお茶碗右手前は汁物なんだよ^^
賢くなったね^^
屋台飯が発達した理由がわかるよな
そもそも江戸は火事が理由で屋内で油使えんしな
江戸時代は皆背が低かったというのもどこぞの寺の工事現場から出たほんの数体の骨からの推測に過ぎないそうだな
しかも全身の骨格からではなく大腿骨の長さからの推測
推測の上に推測重ねてどうすんのってお話
各地で新鮮なものをお届けする馬稼ぎはありましたよ
馬稼ぎによる村同士の揉め事の資料が残ってる
なぜか鉄砲まで持ち出していたりする
鰻、トロが激安で食い放題な現代人からしたら天国だぞ
魚なんかあるわけないだろ
大根の漬物に大根の葉だけの味噌汁に二合飯だよ
>>944 椀の置き方は関東と関西でも違うしさらに地域ごとでも違うし家ごとに武士の家系と商人の家系でも違う。
他人を煽る前に自分が常識だと思い込んでるものが本当にどこでも常識なのか考えるくせをつけた方がいいよ。
>>740 使いすぎて限界が来るから糖尿病になるのでは?
>>352 ドラマ版だと伝九が普通にイケメンでコレじゃない感凄かった
>>250 赤ん坊こみだと30代になるとか出てきたぞ
白米よりええやろ
なにが悲しいんだよ笑
玄米をなんだとおもってんだよ
>>4 機械なしの田んぼやら畑仕事とか常に塩分とらんと死ぬと思うわ
>>352 お殿様の息子を世話人の一人も付けずにこうして放っておいて、しかも家督云々で呼んでおきながら駕籠どころか共連れの家来一人寄越さない辺り先は見えてるんよね。
>>931 合戦に熊連れて行けたしな
戦熊ってやつ
江戸時代の人は1日で神奈川とか埼玉のそれも結構遠くまで歩いてたらしいからな
すげえんだよ実は
>>352 これ表紙絵で泥棒の着物も変わってるあたりイメージ図じゃなくてちゃんと再会したのかな
>>962 迎えの人間については原作ではこの直後に会う描写がある
まここで切ったほうがドラマチックだかんな
>>948 何故激安なのかと言ったら、足が速いからで、港町でしか食えんものはそら安くなる。
>>946 肉食不足=低身長は世界的に証明されているので
日本だけは違うみたいな事を言っても反論にはならない
この量の玄米を消化するのは無理だろ
満腹感だけだな
>>954 人体は使わない=無価値なものと判断するので下手に使い込むより劣化が早まるんだが
これは論文でも書かれている内容なので反論する方がどうかしてる
>>946 着物の丈、鴨居の高さ、履物のサイズ、鎧のサイズ
ありとあらゆる遺物から明らかに小さいことがわかる
>>40 脚気はビタミンB1不足なので全然関係ない。
蕎麦や玄米言われてるけど、確かにそうだが、直球で聞くのは肉特に豚肉な。
>>984 骨の成長にタンパク質は必要不可欠だが
ググってすら居ないのか?
>>946 >>981のいうように人骨のみならず出土(とはかぎらないが)遺物の身の回り品や着物のサイズから推察できる
174cmの俺自身、低い身長向けの造りの家屋で、それもそんなに古いわけではない建屋で実体験してる
その程度の身長なのにすこし古い型の小便器が全体に低すぎて難儀したり
拘置所のメシがこんな感じだったな
麦メシだし、おかずはもうちょい多かったけど
>>981 江戸期に靴履いてた奴どんだけいんのよw
鎧にしても西洋のようなフルアーマーじゃないから背丈なんぞわからんべw
鴨居に至っては別に低くもなんともないしな
微量サンプルが元のトンデモ推論いい加減にしてほしいわ
>>985 端の方に微量あればいいだけで本体にはタンパク質は含まれてないから~
ネッチョキモすぎ
>>989 渡米した岩倉具視はわらじを30足もっていったそうだよ
>>991 それが現存していてどれも20cmちょいでしか無かったっていう裏が取れてなきゃ意味ないだろ
わらじなんて消耗品で現代まで残ってないだろうけど
>>990 >骨は、骨の先端部(骨端部)の軟骨細胞に成長ホルモンが働きかけると、軟骨細胞が増殖して伸びていきます。
その先端の軟骨細胞の成長が骨全体の成長のキートリガーとハッキリ書かれてるのに
頭弱いとかそういうの通り越してるなこいつ
現代のボディアーマーから着てる人間の背丈推測できんの?ああそうwww
江戸時代に関しちゃ写真も残りまくってるから低身長なのは否定不可能
>>994 骨本体がタンパク質からできてるんなら化石にDNA残りまくりで遺伝子解析やらなんやら古生物学が捗りまくってただろうな
残念ながらそうではないので恐竜がどんなだったかは推測の域を出ないのさ
>>993 岩倉具視なら当人たちの写真も残ってる
いろいろなことから断定するに足る
逆に、同じ基準(証跡と推察)でとある歴史的人物が非常に高身長だったことが証明(強く推定)されることだってあるんだから
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