梅沢富美男「俺は神も仏も信じねぇよ!」「震災起きた福島を見ろよ!」 [153490809]
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よく映画でもヒット祈願とか言って、出演者たちがお参りしたりしますよね。舞台人たちも公演前の劇場でお祓いしたりとか。でもね、俺は一切しません。
そもそも宗教心ってものは持ち合わせていないし、神社仏閣は基本的に行きません。正月の初詣は毎年近所の神社にお参りしてるけど、それは家族行事と思ってるから。俺が心から手を合わせるのは親父とお袋の墓だけ。
それでも、劇場側が頼んで神主さんが来ることもあるんだけど、そういう時に限って、役者がケガしたり、ろくなことにならないんだ。そうすると、みんな「お祓いをしたからこの程度で済んだんです」って言うんだよな。
そうじゃないだろう! だって、「大入り満員、怪我の無いように……」って神様に頼んでんだから(笑)。何で怪我してんだよって話だよ。
ずいぶん前だけど、一度、お祓いした後に舞台装置が壊れて、一時間くらい俺が宙づりされっぱなしになったこともあったんです。吊るされた状態でずっと「さっきの神主呼んでこい!」って怒鳴ってましたよ(笑)。
人間さ、お願いしちゃうと欲が出るでしょ。何で助けてくれないのって思っちゃう。俺が超貧乏時代の子どもの時にも、「神様、明日にはちょっとだけでもご飯を食べさせてください」って祈ったこともありましたよ。当たり前だけど、次の日になってもご飯は食べられなかった。
震災の時だって、それまで一生懸命手を合わせてた人ほど、神も仏もないって絶望感も大きかったと思うんだ。それって悲しいことだよな。
お袋は信心深い人だったから、俺が「神様なんて……」って言うと、「罰当たりが!」ってよく怒ってましたね。でもさ、神様だって忙しいんだから、俺なんかのお願い聞いちゃくれないと思いますけどね(笑)。
https://www.leon.jp/peoples/13188 >>440
悪い事をした人でも救われるのが宗教だもんね悪い事をしちゃいけないのは当たり前大前提なんだけど 日本の神々は厄災をおこす存在で民草はどうか控えてくれと祈るのが原型だからな ここより下に住むなって石碑無視して家建てまくってたのに
死んだら神も仏もないってか? 神や仏がいたら寿命まで毎日欲望が満たされて幸せに生きられるのか?生まれてすぐ死ぬ子供は神に愛されてないというのか?
神の時間の感覚が人間と同じなのだろうか?
美味いものを食っていい女を抱いて万事愉快に長生きするのが人生の目的だというなら祈るべきは悪魔か何かだ 死んだらただの肉の塊、ただの物質なのに、道端に捨てたら罰せられるのは、
廃棄物処理法違反だからではなく、死者を冒涜するとかいった宗教的な理由がもとになってるんだよな。
個人的には普通のゴミと同じように捨てられるようにすればいいのにと思うんだけどね。 >>447
そんなん言ったら生きてる人間も脳に電気が流れてるだけの肉の塊なんだから殺していいだろ
意識を何か魂のような宗教的なものと捉えているのかい?とか言えなくもないじゃん >>447
違うだろ
社会性動物としての人間の本能だよ
共に群れを支えた仲間を大切に思う心
もうちょっと進んで公衆衛生
先ずはそれがあって、宗教なんぞは後付で入り込んできたもの
本来必要はない 犬猫を見ろ
彼らは宗教なんぞ持ってないが飼い主の匂いの付いたタオルや毛布などに執着したりする
ただの物体にすぎない死体に執着するのもそういうことだよ
本能であって宗教謎関係はない >>36
日本神話の神は基本ヤクザ
自分のために捧げものや祭り踊り奉納させて気が向いたら豊作にしてやるってスタンス
もちろんしなかったら天罰与えるって脅し付き
ヤクザの恐怖支配なんだね 自分のキャパシティを越えた苦しみがあった時に最大の理解者になってくれて、その苦しみを受け入れる事が出来る自分に変われる事が宗教の存在価値なんだろうな
キリスト教の予定説や山上母が旦那の自死で統一教会に入信したのを見て思う
それ以外はただの国家統治システムでしかないとイスラム教見てて思うが 経験上ぶっちゃけ俺はかなり予定説寄り
でも当然個人の経験で全てを知ることは出来ないから
あくまでも寄りにとどまる >>1
そもそも日本は先の戦争始める前、戦争中とずっと
神社を使ったり天皇を神ということして
「日本は神の国だから絶対に戦争に負けない、日本の為に戦って戦死したら靖国に行ける」
と嘘八百カルトで国民洗脳して、
他国や日本人を死ぬほど無駄に殺していったんだからな
富美男が正しい 宗教的な意味での自己犠牲というのは
神が喜ぶカタチで身を捧げる、犠牲になることよな
つまり内的には自我、エゴを滅して聖霊の働きを受け入れること
外的には神によって与えられた生命の目的に則ったカタチで犠牲になること 仮に生命の目的があるとするならば
それは上で書いたように適応と進化なわけよな
で、地球上で我々の知る限りにおいて
最も適応進化している生命体は人間なのだから
変な表現になるが仮に宗教的な正しい自己犠牲があるとするならば
それは人類の適応進化に資するカタチで自らを犠牲にすることなんよな なのでよく考えなきゃイケナイ
はたしてその犠牲は国の為とか会社の為とか
そーいった地域性民族性を越えた
より大きな人類、そして生命そのものの目的に資する行為なのかどうかを この様な意味でもキリストの犠牲は肯定されるのです
変な表現になるが
キリストはまさに正しく自らを犠牲にしたと言えるわけですね
宗教的にはね で、ここで言って置かなければならないのは
罪深い我が神の前に立っているという関係性の構築、そしてその様な在り方こそが
宗教的には正しいということです
神を受け入れない、神の前に立たないのが宗教的に正しくないのは当然として
自分が神になってしまうこともまた宗教的に正しくないわけです なので偉そーなことを書いてるけど
俺自身正しい自己犠牲を出来るかといえば多分無理です
やはり信仰を持つといえど
神に間違いを許されるしかない原罪を背負った罪深い人間であることに変わりはないのですから
むしろ正しい自己犠牲を出来る人間というのは
極々限られた一握りの人間だけなのでしょう そのように間違いを犯す存在、正しい自己犠牲を出来ない存在である俺が
第二次大戦で自らを犠牲にして散った戦死者達を
正しくなかったからと言って断罪し見下すことなど出来ないのです 震災が悪いんじゃなくて原発作ったのが悪いんじゃないの?? この様に信仰を持つということは止揚です
相反する価値が自らの内に同居しているのです
だからこそその価値の中心に立つことが出来るのですね
だからこそどちらかの価値に「流される」ことのない主体性が確立し
心が安定し平穏な気持ちでいられるわけです やっぱりさ、一つの宗教や哲学が完成されるとそれに反発する馬鹿が大量発生するのが歴史の必然だね。
逆に言えば、下らない反発をする奴が増えるほど完成された神や哲学説が存在している証拠なんだよな。 >>465
それ止揚の意味を間違ってるよ。
止揚って相反する価値それぞれの中に矛盾を見つけて次の段階に移行するもんだよ。
あんたは単に相反する価値を両方とも肯定してるだけ。 >>467
ニーチェの言葉で言えば
消極的ニヒリズムから積極的ニヒリズムへの移行とゆーことよね
消極的ニヒリズムの「次の段階」が積極的ニヒリズムなのよな
俺の言う止揚はこのような意味で次の段階なわけです 因みに上でも書いたが俺はかなり予定説寄りの考え方です
自己犠牲についても同様に考えます
つまり正しい自己犠牲は神のなせる業であり
ぶっちゃけやろうと思ってやるよーなもんじゃないって思ってる 自ら正しく自己犠牲を行うことは難しい
しかし人を越えた神の御業としての自己犠牲は珍しいものではない
我が子を救う為に無我夢中で命を投げ出す親とかな
心の底から尊いと思う >>468
ニーチェだかニヒリズムだか知らないけど、予定説や自己犠牲は本当にあなた自身の考えなの?
何でその積極的ニヒリズムをここの書き込みで実践しないの? 宗教がなかったらまともな倫理観も社会もできませんでしたって例は存在してるのか?他の惑星でも見てきたのか? >>469
間違った自己犠牲について反省して、神の自己犠牲に近づいていけばいいだろ?
でもあんたのように自分の価値も対立する価値も肯定してるだけで反省しないと、それはできないわな。終いには神の自己犠牲は人間にはできないから始めから止めてしまえという無常観になってしまう。仏教みたい >>472
勿論自分の考えだよん
で、積極的ニヒリズムも当然実践済み
実践済みというか経験済みだな
まあだからこんだけ書けるのよ
元々似たようなこと考えてたから
例えばニーチェの思想なら俺の中のこの考えに当たるなって感じであって
学んで得た知識じゃないんよな 居るとか居ないとかいうのは無粋なんだよ心意気の問題だろ >>474
ラプラスの悪魔ならそれもできると思うよ
つまり人間にはその自己犠牲が本当に将来的に人類の進化に資するのか判断出来んてことよな
なのでイエスキリストが如何に偉大だったかということでもありますね 恐竜もその全盛期に
まさか自分たちが進化のどん詰まりにいるなんて
夢にも思わなかっただろうしね >>477
ラプラスの悪魔じゃなくても自分の考えを反省することはできますよね?
あなたの予定説では、原罪や間違った自己犠牲は神様が予定したものではないの?予定説と言いながら矛盾しているように見えます。
それはキリスト教というよりは仏教の無常観なのではないの? そもそもどんな正しい自己犠牲やって来たのか聞いてみたいものではある(笑)
それは本当に君の考えなのかって >>479
反省したら未来を完璧に見通せるわけじゃないからね
で、全てが神の予定通りなんだと思うよ
そもそも神にとっての正しさ=人間にとっての正しさじゃないわけで
そこを混同してるから矛盾に感じるんだと思いますね 震災が起きた東北が復興していく中で福島だけどうしょうもない状況になってるのは原発の所為だからな
神頼みなんてしてないで政治を監視する方が大事だと思うわ シュワの映画でもあったな
信心深い男が身内に起こった不幸によって神を捨て
悪魔と戦うことになるヤツ 墓こそ信仰心の現れである
おまえに墓が壊せるか?
みたいなこと言うけどさ
10万年前から宗教あったの?
10万年前の類人猿が墓に花を手向けた遺跡が見つかってる
死者を悼む心は宗教なんてなくてももともと人間にある証拠だよね 死者を悼む心というのは、自分や遺族の感情のためなのか、本当に死者のためなのかで意味が違ってくるな 日本の仏教みたいに、それが「死者のため」みたいな意味なら、霊的な存在が前提だから信仰だよな
単に自分や遺族の感情を慰めるためのルーチンワーク的な意味なら信仰とは言えないかもしれないけど、そこに宗教的な儀式が乗っかってんだよな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています