御茶ノ水、なぜ「楽器の街」に? [241672384]
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高木さんは「現在の御茶ノ水のにぎわいは、学生街になったことがターニングポイントになっているんです」と打ち明ける。
戦前から続く老舗・谷口楽器の岩田浩社長(52)=写真=に話を聞いた。
アコーディオンなどを取り扱う同店は、35年に浅草地区で創業。しかし、創業者が「学生の集まる御茶ノ水に出店したい」と考え、41年に明大前に移転。
戦後、進駐軍から大量の楽器が払い下げられたことで品ぞろえが増したことや、50年代に入ると平和の願いを訴える「うたごえ運動」が盛んになり、楽器がよく売れた。別の老舗店によると、この頃の好景気に乗じて、雑貨店が楽器店にくら替えすることもあった。
60年代のエレキブーム、その後のフォークブームの影響で、70年代にも徐々に店数が増え、正月にはお年玉を握りしめた学生が楽器を買いに来るのが風物詩に。
90年代に入ると、ビジュアル系バンドの一大ブームで楽器店が一気に増加。「御茶ノ水」ブランドが確立し、出店が相次ぐようになったという。
https://www.yomiuri.co.jp/local/tokyo23/news/20230402-OYTNT50133/
> うたごえ運動
共産党? さすがに楽器購入は実店舗だよな
まさかアマゾンでクリックするやつはいないよな カリンバ買いに行ったら3000してましてな。
アリエクで同じ品が5.99ドルだった( ˊᵕˋ ;) 谷口楽器とはマニアックな
左利き専門店ってイメージしか無い >>6
俺はネットで買った。試し弾きとかできないからw 御茶ノ水・神保町界隈はまだ○○の街を維持してる感じけど、どこまでもつだろうな 秋葉原は電気街だったし御徒町は宝石街だし神保町は本屋街だし 神保町は本屋とスポーツ用品店とある
御徒町は靴屋と宝石
昔の秋葉原は電気街
それぞれが割と近い位置にあるのが不思議 あのお茶の水から神保町に降りるのが面倒くさいから行きたくないんだよ 昔のお茶の水は楽器と学生街と喫茶店のイメージだったが、今は楽器と病院と門前薬局の町だな
神保町はスポーツ用品と本屋のイメージなんだが、若い奴だとカレー屋と本屋のイメージらしい 坂降りたところは昔は
スキーとかスノボーのお店だらけだったけど ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています