「インフレ率2%」は、日本経済にとって悪い。

 なぜなら、無理に自国の経済構造に合わないインフレ率を、「欧米がターゲットとしているから」というだけで最優先の目標と設定するのもばかばかしいし、多大なリスクと損失を無視して全力で遮二無二進むことで日本経済へのダメージもとてつもなく大きくなるからだ。これはこれまで何度も議論してきたことである。

 今回議論するのは、「インフレ率2%」ということ自体が日本経済にとってはマイナスであり、欧米には(いや世界にも)存在しない日本経済や日本社会の稀有な長所を破壊するものだということである。

■なぜ日本だけがインフレ率が上がりにくいのか

 どういうことか。

 まず、なぜ日本だけが欧米と違って、先進国の中でインフレ率が上がりにくいのか。それで経済が安定してきたのか。

 日本においては、雇用の安定性を重視してきたため、景気が悪化しても失業率は上がらず、物価も大きくは下落しなかった(これは、1990年代後半以降バブルが崩壊したにもかかわらず、大きく物価が下がらなかった謎として、東京大学の渡辺努教授が議論している)。

 一方、景気が良くなっても、大きくは賃金が上昇しない。これはよく知られてきたことで、白川方明・元日本銀行総裁をはじめ、多くのエコノミストが繰り返し議論してきたことだ。

 もう1つは、渡辺教授が主張してきた、日本企業の価格設定の“くせ”である。価格の粘着性が高い。ほとんどの企業が価格の変更を極端に嫌う。この理由はいくつかあるが、小幡流に言えば、消費者が「どケチ」なために、わずかの値上げでもすぐに逃げてしまうからである。

 すぐ他社製品に移る。だから、卸売物価や企業間物価はある程度の柔軟性があるのに、消費者物価が極端に動かない経済になっている。

 小幡流にさらに踏み込めば、日本企業の経営者の問題で、「いくじなし」、度胸がないからである。値上げして、顧客に逃げられたどうしようと、びくびくしすぎなのである。消費者の「パワハラ」といってもいい。企業経営者が顧客の離反を恐れて、極端に保守的になっている。 

 だから、値上げのときはひたすら謝る。「原材料が上がって、もう赤字でどうしてもやっていけません。あらゆる努力はしたんですが、本当にごめんなさい」と言って10円上げる。

 そんないい製品をつくって、顧客も満足しているなら、妥当な値上げは堂々とやったらよい。だが、経営者の努力不足で、消費者と対峙せず、逃げて、自分の言うことを聞く下請け、従業員にしわ寄せをすべて押し付けて、顧客への説得をしない。経営の怠慢である。

 そもそも、日本の経営者、ビジネスマンは価格に対して鈍感である。価格こそ、いちばんの戦略変数であることに気づいていない。ビジネススクールで、マーケティング担当の教授がいつも嘆くのは「なぜみなさんは価格を戦略的に考えようとしないんですか」ということだ。

■「早い、うまい、安い」はおかしい? 

 一方、これはすばらしい日本の美徳である。この結果、徹底したコスト効率、生産効率、改善が図られ、価格引き上げ、利益の引き上げとは無関係に、何とか顧客が今のままの価格でよりよい製品やサービスを享受できるように、全力で邁進する。

 具体的に言えば、かつてのトヨタ自動車のカローラであり、吉野家の牛丼である。無駄を徹底的に排除し、究極の商品を究極の効率性で提供する。かつての「早い、うまい、安い」である。

 前述のマーケティングの先生は「このキャッチコピーはおかしい。『安い』というのがキャッチコピーはありえない」という。上の議論と同じことであるが、日本に生活する消費者としては、それはとてつもなくすばらしいことであり、日本の魅力の1つである。

 消費者もそれに付き合い、吉野家では1人で来店して黙々と食べ、ほぼ30秒で提供された牛丼を、3分程度で食べて帰っていく。だから回転率が上がり、安さが維持できるだけでなく、アルデンテ、牛丼の具、牛煮込みが煮詰まらずに最もおいしい状態で提供され続けるのである。

 作り置きするとまずくなるし、作り立てでも時間とともに味は落ちる。私に言わせれば、吉野家は30分が賞味期限であり、それを徹底して実行してきたことがすばらしい。牛丼に集中することでそれが実現してきたのだが、それは残念ながら変わりつつあるが。客単価を上げようとして品目を増やしている。ある意味、正常化なのだが……。

 このすばらしい日本経済、日本社会が、いま失われつつある。いや意図的に、日本社会を挙げ...

詳細はサイトで
https://news.yahoo.co.jp/articles/96bfa4b1d08c246e25ca7de8fc87c1f76640ddb0