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「このまま独り?休日になると孤独感に押しつぶされそう」【専門家に聞く「悲嘆」との向き合い方】
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8bd27293bd751315a76caedb397163b76e14314
「悲しみ」は、生きていれば誰でも経験する感情です。悲しみのない人生はあり得ないとしたらゼロにしようともがくより、悲しみと手をつなぎ上手く折り合いをつけるほうに意識を向けてみませんか。必要なのはちょっとした視点の切り替えであり、新たな視点を身に付けると悲しみが運んでくる大切な気付きを受け取ることができます。今回は「孤独感」に伴う悲しみをテーマに、臨済宗曹渓寺の僧侶でグリーフケア(悲しみのケア)にも詳しい坂本太樹さんに話を伺いました。

〈写真〉「このまま独り?休日になると孤独感に押しつぶされそう」

■捨て去った後、残ったものに目を向けてみる

― 周りの友人は結婚して、気づいたら自分だけ独り身……。休日を一緒に過ごす相手も限られてきてふと取り残されたような孤独感に見舞われることがあります。失う悲しみではなく、得られない悲しみとどう向き合えばいいですか?

「まず、得ようという気持ちを手放してみましょう。私たちは坐禅をいたしますが、坐禅は得るためではなく、余計なものを捨てるために行います。新しく何かを得ようと思って座っていないけれど、捨てた先に図らずも自分に備わっているものに気がついたり、忘れていた感覚や見過ごしていたものを再発見するという形で得るものがあるのが坐禅です。得られない悲しみに見舞われたら必死に追い求めるのを一旦やめて、静かに座り呼吸と共に相手に求めていた条件、自分の考える幸せや理想、周りが結婚したから自分もしなくちゃいけない、あるいは一人は寂しいという考え方を手放してみましょう」

― 手放した先に何が見えてくるでしょうか。

「必死に追い求めるのをやめてすっと肩の力が抜けると、全然違う私が立ち現れてもともと備わっていたけど気づかなかった魅力に気づけることがあります。あるいはパートナーに求める条件がゆるくなり、今まで意識しなかった身近な人の良さに目が向いたりするかもしれません。また、相手に求めるだけでなく、等身大のままで自分が何を与えられるかという視点も余計なものを捨てるから見えてくるものの一つではないでしょうか」

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