日本人LGBTムスリムと同性愛的行為・同性婚
https://rci.nanzan-u.ac.jp/jinruiken/publication-new/item/13_umezu.pdf
(前略
調査概要
筆者は2016年頃より断続的に、東海地方のモスク(礼拝所)などで日本人ムスリマのジェンダー・セクシュアリティに関する聞き取り及び参与観察を行ってきた。COVID-19が流行し対面での調査が難しくなった2020年からは、SNSやEメール(メール・アプリケーションを含む)を利用してきた。
まず東海地方在住の3名の日本人LGBTムスリマ(A~Cさん)の基本情報(性的アイデンティティ、既婚/独身、筆者との出会いから聞き取りまでの過程、入信した理由、その他本件と関連深い事項)について述べる。3名ともイスラームの勉強会に参加したりモスクに通ったり、イスラームの教えを実践する、筆者から見て敬虔なムスリマである。なお本稿での情報公開に先立ち、当人の了承を得ている。
Aさん(50代、独身)は、身体は男性で性自認は女性、性的指向は男性のトランスジェンダーの女性(トランス女性)である。友人の紹介により、筆者はAさんとEメールを通して連絡を取り、2018年3月に対面で聞き取りを行った。2021年からはEメールで調査協力を得ている。
Aさんが入信を決意したのは、自身の見解をネットで配信していた際に得たムスリムの反応から、自分は受け入れられるだろうという手ごたえを感じたからだという。幼少期から女性としての性自認をもち、小学生で性的指向が男性である自覚をもった。これまでセクシュアリティについてそれほど悩んだことはない。女性服を着用するようになったのは、2015年に初めて、東海地方のゲイバーに行った時からである。宗教には以前から関心をもっていた。「公然と神を信じることで(以前感じたことのある)「救済の予感」を確かなものにしたい」という思いから、2016年に初めて行ったモスクでそのまま入信した。改宗後は精神的に穏やかになったという。
Bさん(40代、既婚、子ども3名)は、身体は女性で性自認はノンバイナリー25、性的指向は両性の、両性愛者である26。Bさんとは2015~2016年頃にモスクで出会った。筆者は2017年まではモスクで、その後はメールやSNSにおいて、頻繁にイスラームとジェンダーや家族に関してBさんから聞き取りの協力を得ている。
Bさんは10代より計10年間、スコットランド、オーストリア、アメリカといった西洋文化圏での留学経験をもつ。一般企業の会社員で、英語を用いた翻訳業に従事している。彼女はバングラディシュ人ムスリム男性との結婚を契機として、2005年に入信した。同性愛者であることを明確に自覚するようになったのは結婚後だという。Bさんは夫婦間での隠し事を本意とせず、夫にカミングアウトしている27。しかし夫はLGBTに関する知識・理解共に乏しいという。夫はBさんを愛している一方で、BさんのLGBTとしての当事者性については受け止め切れていない。LGBT一般に対して偏見に満ちた言葉を放ち、Bさんとしばしば口論になっている。彼女は夫に「LGBT当事者はフツーの人」と思ってくれるよう願っている。Bさんは現在、意見交換ができる同胞を求めて、アメリカのLGBTにフレンドリーなモスクにおける、LGBTムスリム・コミュニティのオンライン・ミーティングに頻繁に参加している。
Cさん(40代、既婚、子ども3名)は両性愛女性の専業主婦である。彼女も、英語の本に親しむなど海外(特に夫の出身国であるトルコ)への関心が高い。学生時代にはアメリカでホームステイの経験もある。筆者は彼女とも2016年にモスクで出会い、その後イスラームの勉強会の他、彼女の自宅やカフェなどモスク以外の場でも聞き取りや交流を重ねてきた。2021年からはSNSやメールで聞き取りの協力を得てきた。
Cさんも既婚者だが、結婚改宗者ではない。彼女は子どもの頃から「神様を探してきた」という。小学生でキリスト教会に通うようになり、高校生の頃にはキリスト教徒になっていた。しかし高校3年生の頃からキリスト教に疑問をもち始め、イスラームの勉強を始めて入信した。そしてその約1年後に日本でトルコ人ムスリム男性と出会ったことを契機に結婚した。Cさんは夫にも子ども達にも、自身のセクシュアリティについて伝えていない28。夫は自分の考えを他者に押しつけるタイプであり、「伝えても良いことより悪いことの方が多くなりそうなので言わない方がいいと感じて」いるのだという。