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女性トイレですくむ足 性的マイノリティーの苦悩

心と体の性の不一致を抱える「トランスジェンダー」。社会の理解は深まりつつあるが、当事者にとって大きな苦悩の一つがトイレ利用だ。周囲は当事者の性別を外見から判断するしかないだけに、トランスジェンダーの男性が、商業施設の女性トイレに入ったことで、建造物侵入容疑で書類送検されたケースも。一方、トランスジェンダーを装って女湯に入るといった悪質な事案も起きており、「心の性で生きたい」という人たちの願いをかなえることは容易ではない。
「些細なしぐさで男だと思われるかも」
バッグに忍ばせた性転換証明書を繰り返し確認しながらも、いざ女性トイレを前にすると足がすくんだ。「男だと思われるのではないか」。こうした不安は最近まで消えなかったという。

東京都内でエンジニアとして働く40代の西内加奈さん(仮名)は5年前、男性から女性への性転換手術を受けた。体は男性、心は女性のトランスジェンダー。高校生だったとき、好きになったのは男性だった。心と体の違和感には気付いていたが、周囲にはひた隠しにして女性と結婚。2人の息子も授かった。


しかし、自身の気持ちを押し殺した結婚生活は長くは続かなかった。30代半ばで転職先の同僚男性に抱いた恋心が、改めてトランスジェンダーであることを自覚させた。これ以上偽ることはできない。離婚し、身も心も女性として生きる道を選んだ。

性転換手術を受け、スカートをはき、短かった髪を肩まで伸ばした。女性ホルモンの投与を始めると胸は膨らみ、体のラインも次第に丸みを帯びていった。心と体の性が近づく満足感が高まるにつれ、周囲の視線も気にならなくなった。
外見を女性だと思われる機会が増えても、最後まで不安が拭えなかったのがトイレだった。「些細(ささい)なしぐさなどで男だと思われるのではないかという不安もあった」。何度となく女性トイレの目前で立ち止まっては、逃げるように多目的トイレを探した。堂々と入れるようになったのはここ数年のことだ。

1万人超が戸籍の性別変更しないまま
西内さんのように性転換をしてもなお、難しいトイレ利用。性同一性障害を持ちながら、性転換をしていない人にとっては、その苦悩はさらに深い。
日本精神神経学会の調査では、性同一性障害の診断を受けたのは平成27年時点で延べ2万2435人。一方、司法統計によると、性同一性障害特例法に基づいて出生時の性別を変更した人は令和2年までで累計1万301人にとどまる。それぞれの調査の時期や主体こそ異なるが、1万人以上が性の不一致を抱えたまま社会生活を送っている可能性が示唆されている。
また、たとえ性転換手術を受けて戸籍を変更したとしても、女性らしい体形になるには、ホルモンの投与などさらに多額の費用がかかる。西内さんは「全てのトランスジェンダーが見た目まで女性に生まれ変われるわけではない」とした上で、慎重に言葉を選びながら胸の内を明かす。
「私たちは周囲に配慮し続けないといけない。ただ、苦しい思いを抱えていることは知ってほしい」

女装で女湯に入る悪質事案も
トランスジェンダーが抱えてきたそんな苦悩は、願わない形で表面化した。今年1月、大阪市内の商業施設の女性トイレに入ったとして、性自認は女性とする40代の男性が建造物侵入容疑で書類送検された。平日は男性として勤務し、休日は女性用の服を着るなど女性として生活していた。「女性として過ごしたかったので女性トイレを利用した」と話したが、性同一性障害の診断書は持っていなかったという。


書類送検が報じられるとインターネット上では「心の性に合わせてトイレを使わせてあげてほしい」とするコメントが見られた一方、周囲の女性が抱いたであろう恐怖心を訴える声も少なくなかった。

トランスジェンダーを〝隠れみの〟にした悪質な例もある。大阪市で昨年9月、女装した男が銭湯の女湯に入る事案が発生。男は当初「心は女性」と訴えたが、「性的志向も女性で、男性には興味がない」と説明を覆した。