カンニング竹山が疑問 YouTubeでナゼそんなに語りたがる?〈dot.〉
https://news.yahoo.co.jp/articles/c5b14c2d9e138eafb6175c24ec2d6c46e98785c8

YouTubeは配信されると、「応援しています」とか書き込まれて、
またその書き込みに対しても書き込みがあったり、
書き込まれたことを見ている人もたくさんいる。
それがSNSのいいところでもあるんだけど、悪いところでもあるような気がする。
悪い側面だと思うのは、文字としてコメントを残した人の意見が
世の中の全ての人の意見だと錯覚してしまうところ。

例えば、僕がある出来事で叩かれているとする。
批判的な意見が書き込みという文字で並び、それが可視化されると、
まるで大多数の意見のようになってしまう。
それが炎上とか言われるんだけど、コメントを書き込む人はネットユーザーの数パーセントしかいないとか言われていますが、
可視化された意見は大きくなって、そちらになびいてしまうわけです。
そもそも、その炎上は、本当に叩かれるべきことだったのか? 
みんながみんな叩くべきことだったのか? ということを考えなくなる危険性もある。

そんな構図の中で、自己防衛するためにも先にYouTubeなどで
自分の意見を言う人が増えてしまったのではないかと思った。
本来なら、黙っていればいいことでも、自分を守るために先に言ってしまう。
自分の利益のため、防御のため、自己主張もあり、なんでも語るようになってきているのはあるけど、
そこが、なんかちょっとモヤモヤする。そんなに語らないでよ!

だから、僕は「ダンマリの美学」が必要なんじゃないかとずっと思っている。
YouTuberの誰とかはここでは言わないけれども、表にさらす必要もない余計なことは言わないの!

(中略)

こいうことを言っていると「竹山も黙っていろ」と書き込んでくる人がいます。
「オマエもテレビで偉そうに語ってんじゃねぇーよ」って言われますが、あれは仕事ですから。
出演依頼がきて、コメントを求められて話をしているだけで、
自分のTwitterやYouTubeで何か意見を発信したことはないです。