かつてはサンカ(山窩)と呼ばれる山の民がいたが絶滅したらしいな⛰⛺ [805238285]
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サンカについてはコヤッキーさんの動画で詳しく解説してるから見てみるといいよ
マジで驚愕の事実あるからみた方がいい >>73
山奥にはサンカの道と、らい病の人の道とがあるらしい。
宮本さんの本に、山奥でらい病の人と出会ったエピソードあった 徳島で行方不明になった松岡伸矢君はサンカに連れ去られたとかいうとんでも説があったな >>171
俺の家が綾部市上林に渡来してきてからずっと住み続けてるような家なんだけど
山の道というか、福井県に抜ける尾根伝いの道が大昔にはあって痕跡も残ってるから山で暮らす人々はいたんだと思う 苗字って住んでるとこに因んで付けることも多いだろ
例えば「山下」なんて苗字は山の下の方に住んでるからってのが語源だろうし
ただの偶然かも知れないけど「サンカ」って読めるしな >>178
まだグンマーネタとかやってる奴いたんだ
せいぜい東京から見て県跨ぐくらいちょっと遠い県だからイジってやるかw程度のしょーもないネタだろ
擦ってるやつの視野の狭さがよくわかるね >>192
明治時代に苗字をつけ始めたんじゃなければもっと複雑だったりする 少しは地元の図書館とかで本探してみなよ
民俗学以外にも地域にある昭和初期の行政の報告書とかでもいろんな報告ある
当時は個人情報も何もないから色々楽しめる 廃トンネルに
ボロいマイクバスのような車で来て発電機を持っていて生活家電も動かしている謎の生活集団
子供達もいて学校はどうしてるのかと不思議に思った
通報されて居なくなったが生活出来る装備を持って移動しているんだよね
彼らは何だったのか今でも気になっている
昔だとサンカと言われていた存在に近いのかも
もっと観察出来ていたら飲み水とか気になる部分の謎にも迫れたのにな
追い出されて何処へ行ったのか分からないのが残念 隔離された山の民は間違いなくいたけど元は普通に暮らしてた人たちがなんらかの事情で山に住むようになっただけで独自の文化や言葉などではなく日本語は通じるし文化も日本と同じではなかったの (生存するための)塩が足んねえよ
(漁民に会い鹿肉と塩を交換し)笑い止まんねえよ 昨今急に現れた統一協会異様な生活様式とか宗教様式とか
ちょっとしたサンカ味があると思う
日本民族とかけ離れた存在みたいな サンカ文字とかロマンあっていいんだけどなぁ。偽作だけど >>198
獣の血から食塩を抽出する技術とかはなかったのかな? ホームレスが街の中にいたら不思議に思わないのに
山の中にいたらおかしいということになるらしい >>199
ああいう新宗教は戦前からあって統一教会もそういうのを真似てるわけで
別に急に産まれたというわけでもない >>173
特殊な文字や言葉を操る全国的な集団みたいな創作のせいで神秘的な存在って思われてるけど
竹細工や川漁師やって生計を立ててる人達ってだけならそう不思議なもんでもないよな
体制側からすれば管理しにくいから定住しないのは面倒くさいだろうけど
山河からとれるものを生活の糧にするのなら季節によって移動するのもそうおかしい話でもないわけだし >>205
当たり前だが知っている
でも今までメディアはおろかネット上ですらほとんどノータッチだっただろ
まさに急浮上というか突如現れた謎の集合体といっても間違いではない
あれは現代のサンカだよ >>206
そういう人たちは暖かい季節に山に入って生活して冬になったら村に降りてくるんだよ
年がら年中山で篭って生活してる人間なんていない 山で暮らしてるホームレスみたいのはいたかもしれないけど代々そんな暮らしをしてる民族なんて近代にはいないだろ なぜかホームレス的な存在として解釈されがちだけど近世から近代の初頭にかけての狩猟を生業にしている人たちはシーズンになれば本拠地を変えて移動してたからその方面で解釈するというほどファンタジーなものではない。
北海道を拠点に置いていた漁師なんかがその典型だしマタギだってそう。
もっと言えば農閑期には出稼ぎでホームを離れて出稼ぎする農民だっていた。
バカがファンタジーな着色をしただけで現実はこんなもんだとおもう。 市内に昔悪さする鬼を撃ち殺したからもういないってんで
節分に豆撒きをしない地域がある
村で猟師に撃たれて帰る途中で寺で薬を貰おうとしたら
和尚が傷口に詰めて暖めろって言って火薬を渡して
その通りにしたら爆死したって割と酷い話
でそれが鬼じゃなくて山窩だったんじゃね?って説がある
そう考えるとちょっとかわいそう >>211
サンカと似たような集団の木地師なんかは大名や裕福な商家なんかが使う高級な木工品を扱ってて重用されたけどそれでも被差別階級として扱われたわけだし
庶民向けの箕みたいな竹細工とかで生計を立ててたサンカなんかはろくに庇護してくれる有力者もおらずマトモな扱いはされなかったんだろうな 三角某のでっち上げだよ。
実際は散村の住民のうち、その道の技術が得意な者が“出張”して山の民を務めていた。 >>211
ジャップ和尚ひどすぎるな
仮にも仏門に入ったやつがやることがコレとは 只の流人集団やんけ
そんなん言い出したら平家の落人村とかどーなるねんw 蓑だの草鞋だの農閑期の農民の仕事だから山窩がやる必要なくね >>191
だから為政者は定住しない人間を嫌うんだよな
住所と耕作面積、口数を申告して税を納める
それが統治の大前提だからね
それが統治者の考える正しい「人間」
そのモデルから逸脱したら人間じゃない、つまり非人ってやつ
国が人生設計モデルや生活スタイルをデザインして推奨する
のは古今東西で行われてる
今だって子供部屋から出るように迫られてる サンカのような不定住民がつい最近まで山の中を移り住んでたとしたら、山中にその遺跡が多数残ってるはずだよな
キャンプ用テントのような簡易なものでは冬場を凌げないからちょっとした竪穴式住居みたいのを作るはず >>221
むしろホームすら要らない
シーズン制で理解するなら仕事が三つ四つあっても不自然ではない
一時的に住む場所が平均3か月ないし4か月と考えると分かる 漁民だと年のほとんどは地元にいないような奴らもいるから山仕事を生業にしてる非定住民がいるのはそんな不自然ではないよね
とはいえ独自の文字は盛りすぎだが >>224
一時的に住む場所って例えば山小屋などないと無理だよ
山は春秋でも野ざらしは過酷だわ
出稼ぎで回る人たちだって何らかの宿を中継するだろうし
作ってたらワンシーズンかかる
牧歌的に語る人にはそれらを抜きにやってみてと言う他ない >>226
洞窟とかあるしなんだったら倒木や葉っぱなんかを組み合わせて簡易な寝床を作ることだってできる
もちろん小屋がベストなのは間違いないし
その小屋が地元民の目に触れない山奥にあったケースもあっただろう サンカ的な暮らしをしてたってヒトの生き残りは平成の半ばくらいまではギリギリ居て
取材やなんかを受けてる訳だけど当然住んでる地方によってどんな感じで暮らしてたかもみんな違う
北関東の方じゃ今は遺跡になってる横穴式石室に居たりとか山陽あたりじゃ川沿いに居たりとかけっこうバラバラで当時から本人達がそう名乗ってたかどうかよりも
研究者やジャーナリストがこれがサンカだって勝手に分類してるケースもあるのだろう
警察や行政用語としてのサンカは明治期には既にあるのでサンカが居たか居ないかで言えば居たということになるけど
それが特殊な文化を持つ民族や集団であったかというとそういうもんではないのだろうな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています