>>300
“弁証法”と呼ばれるもの自体はヘーゲル以前からあったが(現にルソーの哲学をプルードンやエンゲルスは「弁証法」と呼んだし、モンテーニュのエセーにも「弁証法」という言葉は出てくる)、「ヘーゲルの弁証法」がデタラメだと言うのは、ヘーゲルが存命していた頃から言われてた哲学界では結構常識だよ


 この精神的貴重品のリストは体系的でもなければ完璧なものでもない。これらすべては古くからの世襲財産の精髄である。また、これらが貯えられ、いつでも使えるように整えられているのは、ヘーゲルやその追随者の作品においてばかりではない。三世代にもわたってそうした劣化した精神的食糧──すでにショーペンハウアーが「知性を破壊する似而非哲学」とか「有害で犯罪的な言語の誤用」と認識していたもの──によってのみ養われてきた知識人の精神においても貯えられ、いつでも使用できるようにされているのである。私は今よりこのリストにおける諸点のもっと詳細な吟味に進むことにする。

カール・ライムント・ポパー
開かれた社会とその敵 第二部 予言の大潮 ヘーゲル、マルクスとその余波 第一二章ヘーゲルと新たな部族主義 第五節
未来社開かれた社会とその敵第二部p.64