ズズッと啜って叱られた蕎麦屋で知った、納得しがたい「そば業界の常識」
(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 生まれてからこの方、理不尽と思うことは多々あるが、中でも酷かったのは、そば屋でそばを啜る音がうるさいと注意されたことだ。
8年前の春のことだった。

 「他の客から、あなたのそばの啜り方がうるさいと苦情が出たので、静かに食べてください」

 店員から直接そう言われた。首都圏を中心にチェーン展開する『小諸そば』の看板を掲げる店でのことだった。

■ 小諸のそば粉を使わなくても「小諸そば」

 落語でもそばの啜りが芸の見せ所になっているように、「日本そば」は汁を付けたそばを勢いよく啜ることによって、
その旨さが引き立つ、日本の古くからの料理であり、食文化である。
いわゆる立ち食いそば店とはいえ、そばの名産として知られる信州の小諸の地名を看板に掲げているのだから、
それくらいの良識はあっていいはずだった。そうでなければ、客への嫌がらせだ。
因みに、私が長野市で生まれ育ったことは、地元の虫を食う文化を披露したところでも書いた(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73200)。
そばも「戸隠そば」に慣れ親しんできたつもりだ。

 その時に、ふと疑問に思ったので、あらためて長野県小諸市役所に取材したところ、
首都圏で展開する『小諸そば』と、信州小諸はまったく関係がない、ということだった。

 小諸市では、標高が800~1000メートルで栽培されたそばを地元の「特産品」として認定販売している。
かつて同市の農政課が『小諸そば』に地元のそば粉を使ってみてはどうかと、話を持ちかけたが値段が高いという理由で断られたという。
だから、小諸のそば粉は使っていない、とのことだった。

 ただ、同社ではここ数年、小諸市に自社畑を設けてそばを栽培しているようだが、1日6万人の客(同社HPによる)を相手に、
小諸のそばを提供しているとは考えにくい。それどころか、国産のそば粉を使用しているのかも定かでない。

 それで看板に『小諸そば』と掲げるのだから、よく「不当景品類及び不当表示防止法」違反にひっかからないものだと、ずっと疑問に思っている。

■ 温かい「もりそば」とは…

 それと、そばに関して理不尽なことがもうひとつ。これも都内のそば屋で最近、体験したことだ。
「大もり」「二枚盛り」というメニューがあったので注文したら、店員が「温かいそばですか、冷たいそばですか」と聞き返してきた。

 「もり」「もりそば」といえば、ゆでたそばを水にさらしてせいろやざるに盛ったそばのことをいう。
老舗の店で「大もり」といえば、もりそばの「大」のことだ。二枚といえばせいろが2枚だ。「かけそば」とは違う。
いうなれば、この店員は刺身をオーダーされたのに、「生のままですか、それとも火を通しますか」と客に確認するのと同じことだ。
だからあえて「もり」と答えると、「うちは二枚盛りのかけそばもある。冷たいか、温かいか、はっきりしろ」とくってかかってきた。

 そこで「二枚盛りのかけそば」というから興味が湧いてどんなものか尋ねると、2杯のかけそばのことだというから、心底呆れてしまった。

 「食育」という言葉がある。子どもの肥満が社会問題化してきて2000年代から使われるようになったが、
本来は、どんなものをどれだけ、どんな風にバランスよく食べたら、健康に過ごせるのか、食事の摂り方の教育のことを意味したはずだった。
それを自治体が「地産地消」とごっちゃにしてしまったり、ナイフやフォークの使い方といった食事のマナー教育とはき違えたりして、
とっちらかってしまったところがある。

 それでも、日本人であれば、日本の古くからの食文化を後世に正しく残していきたいと考える。
それを含めて「食育」というのなら、これらのそば屋は日本の食文化を殺しているに等しい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/76cc6c467fec9ce9d9d4adb3980577892710834d