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刑務所が変わった…男女の受刑者が一緒に職業訓練
2月下旬喜連川社会復帰促進センターの作業室指南役の民間の清掃業者を前に受刑者たちが直立不動で話を聞いていた大きく違うのは男性受刑者と女性受刑者が入り交じっていることその距離50センチほど手を伸ばせば身体に当たるほどの距離感だ少し離れた所から刑務官がじっと視線を送っていた
センターには農業科や介護福祉科など14の職業訓練があるが男女共同のクラスは床やエアコンの清掃などハウスクリーニングを学ぶこの日はエアコンの分解清掃の手法を習得する授業内容で汚れが飛び散らないようエアコンをビニールで包み高圧洗浄機で清掃する作業を習っていた
刑務所内では刑務官の許可なく言葉を交わせないこのクラスも男女で直接話す機会はほぼないが後片付けの際はあうんの呼吸で協力していた
作業を教える栃木県ビルメンテナンス協会講師の五月女(そうとめ)忠明さん(68)は「最初はちぐはぐな場面はあったけれど男女ともども一体感が生まれて筋もいい」と温かく見守る
◆「社会に出た時に女性の存在に驚かないように」
男女共同のハウスクリーニングの職業訓練は2022年度秋から始まり期間は半年ほどこのクラスは昨秋から始まった3期生だ
男性7人女性3人の30〜60代の計10人で詐欺罪や覚醒剤取締法違反罪などで服役中だ男性はセンターの受刑者の中から女性は全国の刑務所から選ばれる出所後の就職に結びつきやすいとされ高倍率をくぐり抜けた受刑者たちだ
実際受講した受刑者たちはどう感じたか
覚醒剤取締法違反の罪で服役中の30代の女性受刑者は「男性受刑者が同じ空間にいて最初は久しぶりの男性だなと思った」と率直に語った「一緒に訓練を受ければ力仕事や高い場所の作業はおのずと男性に任せるそういう目配り気配りを利かせられる力を取り戻せたのは良かった」
傷害致死罪で服役している男性(36)は女性受刑者よりも女性刑務官に慣れなかったという「長く服役したが担当さん(刑務官)といえば男性が当たり前だった」そして「被害者や遺族のために償いの人生を歩みたいそのために男女共同の実用性のある訓練を刑務所にいる時から身に付けておきたかった」と語った
別の男性受刑者(60)も「男女共同を気にしたことはないが社会に出れば男女半々いる社会に出た時に女性の存在に驚かないように似た環境で訓練できて良かった」と話した
男女の規則上の違いも見えてきた例えば作業服の着方男性はシャツをズボンに入れ込むが女性は体形が分からないようにシャツをズボンの外に出している女性刑務官も制服をそう着ているためそれに倣った形という
髪形や肌のケアも女性受刑者の方が自由度が高いようだ男性は丸刈りだが女性は髪を伸ばしたままでも染めたままでもいい女性は化粧水や保湿クリームの使用が認められ男性は許されていなかったが2月から男性も購入ができるようになった
◆刑の目的は「社会復帰」刑務官は男女の「視線」にピリピリ
刑事施設は刑事収容施設法に基づき戸籍上の性別による男女別での収容が原則ではなぜこの斬新な取り組みが生まれたのか
喜連川社会復帰促進センターの井上裕道調査官は「社会により近い形で職業訓練を受けてもらえるようなプログラムはできないだろうかと話が持ち上がった」と明かす
センターは2007年に東日本で唯一の官民協働で運営するPFI刑務所として開設され現在も運営の一部を民間委託しているが22年度からは公共サービス改革法に基づく形態に変わったPFIからの切り替え時に話し合いが始まったという
22年の刑法改正で「拘禁刑」が創設25年の導入を控えて刑の目的が「社会復帰」と明確に打ち出された時期とも重なる井上調査官は「社会の実生活により近い環境を整えたかった訓練終了時の受刑者の感想文は非常に前向きなものも多くさらに取り組みを深めていきたい」と語る
男女共同の具体的な取り組みを提案した民間側の小学館集英社プロダクションの業務責任者黒崎誠さん(53)も「高圧洗浄機の使い方も男女でそのやり方に違いがあるちょっとした気づきが蓄積されてお互いの理解につながるといい」と話す
おおむね好評だが前例のない取り組みに現場では苦労も多いようだ
「不正行為がないようにかなり神経を使った」当初からこの職業訓練を担当してきた女性刑務官はそう話す例えば日本の刑務所では受刑者間で視線を送り合うのは不正とみなされる「男性と女性で視線を送り合ったように見えてしまい『今の視線は…』と保安上の面で必要以上にピリピリしてしまった訓練生がいかに社会復帰していけるか彼ら彼女らの強みを伸ばせられたらいいのですが…」