「藤井さんに勝てた理由は一言で言えます」将棋界の“地球代表”深浦康市九段が明かす、藤井聡太四冠の攻略法

(前略)

 まず、深浦九段は自分のフィールドに引き込む戦略を練った。

「この対局では、私は主導権を握りやすい先手番だったので、自分が得意な『雁木(がんぎ)』と呼ばれる戦法をぶつけてみようと決めました」

 この「雁木」は「藤井さんの得意な型ではありません」という。

 次にAIで徹底的に事前研究をしたという。

「実際の対局も想定通りに進みました。だから序盤から藤井さんが持ち時間を使ったのに対して、私はほとんど時間をかけずに指し進めることができました」

 さらに深浦九段は奥の手を準備していた。

「中盤、私は藤井さんの陣地に一気に攻めこんだのですが、このとき私は、将棋界では指されたことのない新しい手をぶつけました。
過去に指された形だと、藤井さんも想定していると思ったからです」

 ところが、新しい手をぶつけられた藤井氏が驚異的な対応を見せた。

藤井氏は最善手を続けたが……
 深浦九段がふり返る。

「初めて見る形のはずですが、そこから30手ほど、私の事前研究のときにAIが示した最善手と同じ手を指してきたのです。心の中で『これは凄い』と感嘆していました」

 しかし、「藤井さんが最善手を続けたからこそ、私が勝てた」と深浦氏は語る。そこには30年のキャリアに裏打ちされた勝負論があった。

 1972年に長崎県佐世保市で生まれた深浦九段は、中学入学と同時に親元を離れ、高校には進まず棋士を目指す。
2回、大きな壁にぶちあたったが、それを乗り越え、故郷を出て8年後に棋士となった。

 それから30年、中原誠、米長邦雄、谷川浩司、そして羽生善治といった錚々たる面々と対戦。900勝を射程にとらえるほど長いキャリアを誇るが、深浦九段はこう口にした。

「経験は活きない」

「長年の勘が働くことはありますが、経験に頼るのは危険です。たとえベテランであろうとも、若手と同じように研鑽を続けないと、負けてしまうのがプロの世界です」

 こうした姿勢は将棋ファンならずともお手本にしたいところではないか。

 ほかにも、羽生善治九段の全盛期に口にした名言「羽生さんと殴り合ったら俺が勝つ」の真意なども語った深浦九段。その言葉には勝負師の魅力があふれている。
記事の全文 は「文藝春秋」1月号に掲載されている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ca1cfa10e86d23f552062d63d164bcc1aa63c7a