意外と多かった首都圏でのB-29撃墜

当時の日本軍の防空体制は非力で、B-29爆撃機には手も足も出なかったといわれることもありますが、実際はそうでもなかったようです。

 たとえば、1945(昭和20)年5月23日深夜、空襲で東京に飛来した558機のB-29は、日本軍機の迎撃や高射砲の射撃で17機を失い69機が損傷を被りました。
また2日後の5月25日深夜に再び東京を襲った498機は、26機を失い100機が損傷しています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/56a4987ac5e78c3d1c935f8e4680d00d15c3525c?page=2